こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

松前から函館へ日記③

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 (松前城を振り返る)

 

 の続き。松前町でいろいろ見学しました。

 

 

・2019.4.27. ③

 

 

 

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 外は少し雨脚が強まってきた。坂を下る途中、崩れかけた石垣をみた。きれいに直線的に加工された石。その上から何本も生えている大木。なぜかとても印象に残った。松前の人には怒られるかもしれないが、この風景こそ松前らしいと感じた。

 

 

 

・徳山大神宮、松前郷土資料館、松前城

 

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 10分くらい歩いて徳山大神宮へ。本殿や棟札が北海道の文化財に指定されている。石鳥居や灯籠には幕末の場所請負人に寄進されたものもあるようだ。またこのあたりはゴロウニン幽閉の地でもある。たしかに、お城の裏手で暗い雰囲気。

 

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 ここは以前は天神社もあったのだろうか、牛のような豚のような、不思議な生き物が石で彫られていた。ちょっとかわいらしく、ちょっと不気味さもある。

  

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 そのすぐ近くの松前郷土資料館へ向かう。松前町民総合センター内にあり、体育館や図書館を併設している。市街地からは少し離れていて前回の訪問の時は来られなかった。観覧無料。展示はけっこう古びているが最新の発掘調査に基づいた小さい特集展示コーナーもあり町の底力を感じる。

 

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(左:町内の遺跡から出土した陶片の産地の図。見せ方が凝っている。 右:甲冑など)

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(左:松前神楽の写真 右:落部コタン(八雲町)のアイヌ弁開凧次郎の遺品らしい器など)

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(右:町内からは相当数の陶器が出土するようだ。松前のかつての繁栄が偲ばれる)
 
 図書館にも寄ってみた。さすが北海道の歴史に関する本がたくさんある。少し興奮しながら本をめくってみたり、書名をメモしたり・・・。

 つい本に夢中になって長居をしてしまった。閉館時間が迫ってきたので松前城へと向かう。まだ雨はしとしと降っている。

  

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 もともと松前城福山城松前福山城)は安政元(1854)年に建てられ、福山城跡は昭和十(1935)年に国の史跡に指定。昭和十六(1941)年には国宝に指定されたが昭和二十四(1949)年に役場の火事が飛び火し焼失した。現在の松前城は昭和三十四(1954)年に火災で焼けた後に再建されたもの。内部は資料館になっている。2018年末には当時の図面などを参考にして江戸末期の工法で再再建するという方針を松前町が固めたと報道された。

 (参考:https://e-kensin.net/news/111736.html

 木造での再再建はいろいろ是非もあるだろう。これから構想を固め、整備期間は最低でも16年かかるとみられているそうだ。今の鉄筋コンクリート松前城資料館もいつ見納めになるかわからない。

 内部は不思議なつくりになっており、まず地下に入り、1階、2階、3階と昇って展示を見ていく。出口は1階にある。

 

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(左:案内図 右:入り口)

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(左:地下の展示。主に松前城の縄張りについて 右:1階)

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(左:1階の目玉ともいえる「松前屏風」(模写)の部分 右:2階への階段)

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(やはり蠣崎波響の作品もたくさんあった)

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(左:2階展示。アイヌ民具など 右:3階。松前城天守閣についてのパネル展示。)

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(左:いわゆる毛槍。 右:2階に展示されていたイクパスイ)

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(左:夷酋列像の絵葉書が!もちろん買った 右:夷酋列像垂れ幕)

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(天守閣からの眺めはよかった)

 

 

 

・陶片と石垣

 
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 陶片を見ている時に、ふと「これは町内のあちこちにある石垣と重なるな」と思った。

 

 松前郷土資料館でも松前城資料館でも、僕は実にたくさんの陶片を見た。例えば上の写真は福山城跡出土遺物で、ヨーロッパからもたらされたとされる19世紀中ごろの皿である。見ての通り一部欠けたところが白く埋めてあり、用いられていた当時の様子を想像できる。

 

 松前町内を歩くと、至る所で崩れかけた石垣の一部や、廃城の石材を再利用した名残を目にする。いまはあまり形としては残っていないけれど、この地には大規模な和人の営みがあった。ここに生まれ育った人は、歴史をどういう視点で考えるようになるのだろうか。少なくとも江戸時代の街並みを再現したり天守閣の木造再建をめざしているという点からして、松前町の、松前城や城下町に対する想いや誇りは並々ならぬものが感じられる。

 皿が欠ける前を想像で補うことができるように、私たちは崩れかけた石垣からでも、この地の歴史について感じとることができる。今後は天守の復元と同時に松前城跡全域で建築の復元が進むのだろうか。もし復元するのなら、私は、欠けた皿の形を白くなぞるようなやり方でやって欲しいと思う。想像の余地が残されることが何より歴史に対する感覚を研ぎ澄ませることになるからだ。お城の遺跡の上に建っているかのような松前町の良さは、草の生えた石垣にこそ見出せないだろうか。ある種の完璧な復元によって私が今日感じたことが失われてしまうとしたら、少し残念だ。

 

 

 

松前城と桜

 

 お城には、桜がよく似合う。雨が上がって日が射した。汚れが洗い流されたかのような、気持ちのいい空気が漂っていた。

 

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 カラフルな飾りは何かと思えば松ぼっくりだ。

 
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・福山波止場

 

 松前城資料館は閉館時間になった。夷酋列像の絵葉書を買い、町をぶらぶらと歩きながら夕暮れ時の海へ。

 

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 橋の下にたくさんの陶片や貝殻が落ちていた。少し拾う。

 

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 今度は橋の上から海を眺める。対岸の島影は青森だろう。改めて近いと感じる。

 

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 福山波止場は明治はじめに開拓使によって取り壊された石垣を利用して作られた防波堤だ。本当はスケッチしようと思っていたのだがだいぶ暗くなってきていたので翌朝に持ち越した。

 あたりには僕の他には釣り人しかいない。

 

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 18時前になって道の駅に駆け込んで、松前城の形をした最中を買った。今晩のつまみにする。

 

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 たくさんのものを見てあまりに充実した一日だった。宿に戻ってこの一日が終わってしまうのがもったいない気がして、いつまでも浜辺で貝を拾っていたかった。

 

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 日が暮れた。宿に戻り、少し休憩した後で夕食を調達にコンビニに行った。

道の駅で買った最中は食後のデザートにした。甘さ控えめで食べやすかった。

明日に備えて早めに寝た。明日は函館へ向かう。

 

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(お城もなか)
 

 

 

 に続く。