東北芸術工科大学の卒業制作展(正式名称は東北芸術工科大学卒業/修了研究・制作展2021、以下では卒業制作展もしくは卒展とする)に初めて行った。関東以北ではおそらく最も有名な、美術系のコースがある大学だ。他の美術系大学に比べると歴史はやや浅いが卒業制作展を東京でも行う(今年度は残念ながら中止)など、前のめりな取り組みを行っている印象がある。
卒業制作展ウェブサイトでは学生の作品を買えるオンラインショップ(会期中のみ)や会場の3Dアーカイブを見ることができる。
すべての学科を十分に時間をとって見られたわけではなかったが以下では独断と偏見で面白かった作品や研究を備忘録的に振り返りたい。どうしても走り書き的な感想になってしまった。少しでも学生への励ましや何かの参考になればと思い恥を忍んでアップする。
※もし事実誤認や作品・研究の掲載に不都合があればご連絡ください。
卒業制作展のテーマは「春がくる」。メインビジュアルは花のグラフィック。大学内の各建物の入り口に暖簾のようにそれぞれの花のビジュアルが割り当てられ飾られていた。会場で配られるハンドアウトの地図にも花が描かれていたり対応した色分けがされていると、もっとわかりやすかったのではないかと思った。
東北芸工大名物の格言(?)
大学紹介のコーナー。
プロダクトデザインの学科紹介コーナー。ちなみにプロダクトデザインの卒業展示は写真撮影禁止だった。
コミュニティデザイン学科の展示。学科のウェブサイトには「地域が持続するための
“仕組み”をつくる」と書いてある。一言で言えば、地域支援のスペシャリストである「コミュニティデザイナー」を育成し様々な取り組みを行う学科ということになろうか。大学生と思えない興味深い研究がたくさんあった。展示空間のデザインとしても工夫が感じられた。もし私が高校生だったらここを受験したいかも……。
facebook 東北芸術工科大学 コミュニティデザイン学科
草薙陽太「繁忙期の人手確保と給与改善による一次産業の持続可能性を高める仕組みづくり」。
川合佑汰「中山間地域における鳥獣被害対策を前進させるきっかけづくりの提案」。
グラフィックデザイン学科では音声ガイドが準備され、ハガキで感想を投函するとSNSから返信が届く仕組みを作っていた。
様々なグラフィックデザインの作品があったが、やはりいわゆる「コロナ禍」を視覚化したものがいくつか目についた。
こちらは人という字の形を用いて、世界的な人口の変化や流行病の感染者をダイアグラムで表現した小田切良真《移り変わる人々》。
村岡光《Visualising the COVID-19 pandemic》。
松本春乃の「シカク的シカク研究所」。平面上の四角形の見え方の実験。
グラフィックデザイン学科の就活のプレッシャーをかける掲示。見るだけで胃が痛くなる……。
絵画の修了制作展会場へ。それぞれが一部屋か大きな部屋の半分を展示に使い個展型式で発表していた。右の雪山の手前に子供たちがいるのが分かるだろうか。東北芸術工科大学は保育園を併設しているのだ。これは子供たちにとっても学生にとっても刺激になるだろう。
建物の前にすでに展示がある……。
土田翔の作品は屋外と屋内を使って展開されていた。日本画家の小松均に私淑し、「直写」という小松が用いた屋外での写生方法を継承し拡張しようとしている。「直写」では眼前の様子をその場で紙に写すが、土田はさらに実感を重視し川を表現したければ川に入ったりもしている。面白いのは土田が作品の中に自身の姿を描き込んでいたり、制作過程を映像作品などで展開していることだ。作家が掴んだリアリティをよりよく絵画の上で表現しようと試みるだけではなく、制作している自身をやや離れた位置から客観的に見ている作家の姿がそこにある。土田の今後の作品が小松のただのモノマネにならずよりよく飛躍するためには、何かに(例えば小松の画業とか、描こうとしている対象に)没入する時と距離を取る時のメリハリが大事になってくると思うだろう。その可能性が見えた展示だった。
BALLGAGの作品は異彩を放っていた。まず素材が他の作品と違う。作品を空間で展開するということに対してもかなり意図的であるようだ。美意識が感じられる。
透けている暖簾のような大きなシートの間から展示空間に入る。壁ではアクリルと思しきツヤのあるパネルを多用し、立体の額のような木枠にも大きな写真を何枚も入れて空間を作っている。ステートメントを読むと作家自身とインターネットの関係に着目していることや、共同体、ナショナリズムなどがキーワードであると分かる。モチーフとしては砂に埋もれるように敷かれた世界地図やスマートフォン、ノートパソコン、そしていくつもの森の中の裸体(と対になる服を着た人間)が強烈に印象に残る。良い意味でアノニマスな空間が立ち上がっている。
写真を用いてインスタレーション的に展示しているという意味では志賀理恵子が思い浮かぶ。志賀の作品からはしばしば土着的なもの、或いは土地の伝説や太古の暮らし、神聖な儀式など、一言で言えば畏怖すべき何かを私は想起してしまう。一方BALLGAGの今回の作品からは都市伝説的なニュアンスを感じ、例えば樹海や心霊スポットで何かに出くわしてしまった気持ちにさせられる。どこか自分自身がそこに望まずとも関与している感触を覚えるのである。それは現代的なモチーフを使っていることに加え弱弱しく森の中に現れる写真の中の生身の人間の姿が、展示空間を戸惑いさまよう鑑賞者自身の姿とも重なるからだろうか。
作品販売ブースがあった。オンラインでも小作品が買えた。結構売れていた。
アーティスト養成プログラムTIPの展示室。
添田賢刀《煙を吐く刀》。丁寧なテキストと絵画が展示されている。題はアステカ神話の神「テスカトリポカ」の日本語訳から採られているが、個々の作品は中島敦の『山月記』など様々な作品や作家の経験を元にしているようだ。
物語を作りそれを描こうとしている作家である。絵の具の用い方や構図による視覚的快楽、モチーフの親しみやすさや個人の興味の発露に留まる作家が多い中で物語が全面に出ている作品はとても共感を覚える。
福岡由宇《44.446.207》。魚の頭の人間の質感と背景の質感の差がよい。
絵画の展示室の様子。
花木美里《ある日の食卓》。モザイク画はこれだけだった。他の美術大学の卒業制作展でもほとんどないだろう。つい目が行ってしまう。手法と凡庸なモチーフのコントラストがおもしろい。
池田璃乃《easter egg》。軽やかなストロークが見ていて気持ちが良い。
小林由《Neo Retro》。最初に目に入る重厚なマチエールの間からだんだんと断片的に風景が見えてくる。一目見たら忘れられなくなりそうなマチエールの強さがある。
彫刻専攻の展示の様子。
竹迫界斗《コンゴウオオツチグモ》《ノンノサン》。
丁寧に彫られた石彫である。ステートメントを読むと、仏像の形態に興味を持ち、触れ難い感覚を表現しようとしていることがわかる。《コンゴウオオツチグモ》は展示空間の正面からはクモに見えるが後ろに回り込むと人の顔がある。《ノンノサン》は角度を変えると頭が妙に伸びていたり見え方が変わる。
小野寺唯による水性木版画。左上《どっちにしようか》、右上《ブルーインパルスが飛ぶんだって》、左下《絶対勝てないじゃん》、右下《代わりの買ってきて》。日常の仕草を捉える視点に加え、描かれた人物がいかにも発しそうな言葉が題に選ばれている点が良かった。今後の作品の展開が楽しみだ。
安達栞によるインスタレーションのような展示。《抱きしめて》、《楽園》、《凛とした》、《眼鏡》という題が付けられている。作家はステートメントで版を重ねるときの層(「レイヤー」という言い方もしている)を意識するときロマンスを感じると語り、同じ版を色や位置を変えて刷ったり、版を展示したり、複製された作品を並べたりと版画の持つ性質に自覚的に展示していることが見て取れる。それだけではなく全体的な赤系と青系の色調の重なりは昔の「3Dメガネ」のようでもある。
テキスタイル専攻の展示の様子。
総合美術コースの展示。作品制作だけでなくワークショップやプロジェクトのような場づくりの実践を学べるようだ。
深瀬未寿妃による研究発表《一緒につくろう!こもりちゃんねる》。いわゆる「コロナ禍」の中で自宅で過ごさざるを得ない子どもたちに向けて「おうち時間」が楽しくなる工作や遊びをVtuber(バーチャルユーチューバー)の形でレクチャーする。流行のVtuberとコロナ禍という状況への対応にワークショップを加えた最適解のように思える。優れた作品。
工芸コースの展示室。
田中千裕《回転扉》。題の通りの作品だ。バーチャルでできることが増えているとはいえ今まで当たり前にできていたイベントが贅沢になり欲求が増している社会状況に合わせ、体験するということを回転扉の形で取り出したような作品。おそらく作家らしき人が制服を着て近くに立っており案内してくれた。ちょっと楽しかった。
河瀬茉子《景相》。いわゆる九相図を題材に陶のオブジェとして作り上げた。この素材ならではの質感が生々しくテーマに合っている。陶によるオブジェは見かけるが抽象的な形が多く、具体的な形で明確な主題を持った例はあまりみたことがない。今後の作品も見てみたい。
ここからは文化財保存修復学科の研究を見ていく。こちらは鏡綾夏「山形県上山市来訪行事「加勢鳥」の継承方法~聞き取り調査とケンダイ制作を通じて~」。無形文化財となっている奇祭の保存と継承に関する研究。
ちなみに私は東北芸工大を訪れた翌日に上山市に宿をとっていて偶然「加勢鳥」(かせどり)を目にすることができた。
(上山駅前の「加勢鳥」の様子)
一柳朱里「贋作における亀裂の判別に関する考察」。
方欣同「銅板油彩画の着色前処理における材料と技法の研究」。銅板油彩画というジャンルは知らなかった。興味深い。
企画構想学科の展示。大学の学科紹介のページを見ると、「創造性」と「実践力」に重きをおき社会の中での様々なプロジェクト企画を学ぶ学科のようだ。
木村琴音「夜職女子×ラジオ 「夜職をする人」への偏見払拭を目指す企画」。
後藤陽佳「うちの観音様トリセツ 天童三十三観音の文化と管理方法を保存する」。
歴史遺産学科の展示へ。考古学や歴史学、民俗学の興味深い研究成果がたくさん発表されていた。
渡邉美緒「震災伝承と震災遺構の成立プロセス」。
相原瑞生「北海道開拓の現実 -北見市:北光社を事例として-」。北光社は坂本龍馬の甥である坂本直寛によって組織化された移民団で、1897(明治三十)年に入植した。北海道開拓は非常に個人的に興味があるテーマだが時間がなかったのですべては読めなかった。どこかできちんと読みたい。
遠藤鈴香「ファンコミュニティの文化的様相ー日韓アイドルファンの動向を比較として-」
高橋麻衣「医療現場の死と向き合う」
高村拓弥「我々の食は誰が守るのかーコロナ禍のフード・セキュリティー」
小國直輝「関西人としての意識と東北--オートエスノグラフィ序説-」
・まとめ
そのほか、文芸学科があるのは驚いた。
ファインアート系ではやはり絵画の大学院生(修士)の展示はどれも見ごたえがあった。ただパフォーマンスやいかにも現代美術っぽいインスタレーション的な作品やリサーチベースの作品はほぼゼロで(それは決して悪いことではない)、学生がどういう作品に興味があり何から影響を受けているのかは気になった。コミュニティデザイン学科や企画構想学科(この二つの学科はけっこう似ているように思う)、総合美術コース、文化財保存修復学科、歴史遺産学科にもたくさん興味深い研究があり非常に刺激的だった。いずれ論文を検索して読んでみたい。時間がなくて映像学科や文芸学科の研究発表にほとんど時間が割けなかったのが悔やまれる。また来年度も来たい。
(おわり)