こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

香川日記① 瀬戸内国際芸術祭2016 犬島

 

 

 瀬戸内海の豊島から犬島、直島へ行きました。その記録です。香川日記とあるけれど、犬島は岡山県です。

 これから瀬戸芸に行かれる方は読まないほうがいいかもしれません。


8.11

 
 授業で滞在していた豊島から四国汽船の高速旅客船で犬島へ向かった。9時50分発。この船は直島から豊島経由で犬島へ行く。ほとんど満員に近かった。定刻10時15分頃、犬島に到着。

  

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 「犬島」

 
 犬島の小さな港には白い海鳥がいた。そういえば豊島では海鳥を見ない。そのかわりというわけではないがトンビやタカはいっぱいいる。ついでにイノシシもいる。

 
 船を降りると多くの乗客はそのまま港の案内所へと荷物を預け、船の整理券をもらっていた。私もその流れに乗って荷物を預け、直島行きの船の整理券をもらう。船のチケットや犬島内の施設のチケットは、近くの「犬島チケットセンター」で買う。そこはチケットカウンターのほかギャラリーやショップも併設されている。精錬所美術館内の温度が表示されるモニターもあった。直島行き高速旅客船は1850円だ。結構高い。

 

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 港近くには恵比寿が祀られていた。

 

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 海岸沿いを歩き、犬島精錬所美術館へ。黄色っぽい砂の道を進む。海側には犬島で産出されたであろう石がランダムに並べられた低い塀がある。反対側には林があり、陶芸のギャラリーやコテージがある。日差しが強い。

 

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(コテージにあった看板)

 
 犬島精錬所美術館は、建築を三分一博志、アートを柳幸典が担当し、元は銅の精錬所だった敷地とその建築から作られた施設だ。パンフレットによれば、「遺産、建築、アート、環境」という要素を用いた新たなプロジェクトだそうだ。

 
 ここは文化庁が定義する「近代化遺産」ではなく、経産省が認定する「近代化産業遺産」であり、特に「地域と様々な関わりを持ちながら我が国の銅生産を支えた瀬戸内の銅山の歩みを物語る近代化産業遺産群」とされている。
 近代化産業遺産とは、破却されることの多かった日本の産業近代化に貢献した遺産を、地域活性化に有効活用する観点から、実態と保全・活用の取組み状況を調査の上価値の理解を深めるための「近代化産業遺産ストーリー」を作成し認定したもののこと。例えば北海道ならば炭鉱やビール、ニッカウイスキー、製紙関係の遺産などが近代化産業遺産だ。

 犬島精錬所の場合は、住友グループの基礎を作った別子銅山などのような、銅山経営の近代化と発展の流れの中で作られた施設の一つらしい。1909年に建設されたが銅の暴落によって約10年で操業を停止したという。

 

 入り口にはこれ以上錆びることのできないくらい錆びた柵がある。看板には「ご見学は個人の責任で・・・」などとある。遺構や自然環境をそのまま残しているためだから仕方がない注意喚起だが、少し不安になる。

 

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 柵から奥は黒くなったレンガや犬島で採れたと思しき石で組まれた迷路のような廃墟が続いている。空があまりにもカラッと晴れていて、ふと日本に居るのではないような気がした。写真で見たことのあるポンペイを思いだす。視界の端にはここのシンボルともいえる煙突がいつも立っていた。
 

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 少し行くと美術館の入口があった。朝の比較的はやい時間帯だが十数人並んでいた。この時期は瀬戸芸関連の施設はどこも混んでいるだろう。後から直島に行くのが少しいやな気持になった。
 
 入場前に説明があった。この施設は太陽熱や地熱を利用し、建物内の温度管理を自然に配慮した形で行っているのだという。また、汚水を植物の力によって浄化し、それによってミカンなどを育てているとも。

 
 入ると、まっすぐ奥までながく細い通路が続いているかのように見えるが、それは鏡を使ったトリックで、実は幾度も折れ曲がっている。滞在時間から考えて美術館内部はさほど広い空間ではなさそうなのだが、距離がつかめず、不思議な感覚を覚える。
 ふと振り返ると鏡には太陽のような燃える火の玉が映っていた。入り口近くのモニターに映っていたものだが、鏡が反射するから通路を曲がってどこまで行っても追いかけてくるように背後にある。これは精錬所の象徴か。あるいは、日本の国旗と重ね合わせて考えてもいいかもしれない。柳の日本国旗をモチーフにした作品が頭に浮かんだ。

 
 美術館内は6か所に柳の「ヒーロー乾電池」という連作がある。三島由紀夫を題材とし、三島が青年期を過ごした家の建具を使ったインスタレーションや、三島の文章を作品化したもので構成されている。
 建具が妙に気になった。そもそも古びたものは何でも趣というか風格を帯びるものだとも思うけれど、建具には古い家具や文房具や洋服とも違う、独特なパワーがある。
 三島が市ヶ谷駐屯地で演説した際の「檄」も作品化されていて、パネルで読める。でも犬島で「檄」を読まされてもなあ、というのが正直な感想である。近代がキーワードなのはわかるけれど、それでなんとなくわかった気になるのは、わからないよりなお悪いのではないか?私はこの作品の価値判断は今はしないしできない。はたして多くの観光客はこれを見て満足して帰るのだろうか?

 
 美術館を出、精錬所の遺構を見て回る。

 

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 木は松?が多い。ユリも目についた。自然に生えたにしてはきれいすぎるように見えるし、管理されているにしては奔放に伸びているようにも見える。廃墟になって数十年経ったかつての精錬所が今は、朽ち果て草木に埋もれることも、精錬所としてよみがえることもなしに、ある意味では中途半端な状態のまま改築され管理されてあるのは、奇妙なことだ。あたりの崩れかけたレンガや蔦に覆われた建造物があまりに廃墟としてでき過ぎているので、見惚れてしまった。完成度の高い廃墟。

 

 

 直島には「家プロジェクト」という名の一連の作品群もあり、アーティスティックディレクターの長谷川祐子と建築家の妹島和世が展開している。
 家プロジェクトというから、てっきり民家を作品で飾ったりして島の住民が住んだりアーティストが住んだりしているのかと思ったが違った。家といってもせいぜい作品の箱くらいの意味で、ほとんど家らしい外観をしていないものもあるし、「石職人の家跡」に関しては建物もない。もともとあった家を活かし改築しているところもあって、いろいろだ。

 

 まず名和晃平による「F邸」へ。作品の材質について訊いたら、案内人のおじさんが素っ気ないくらい歯切れよく説明してくれた。発泡ウレタン?だとか。こういう質問をする人は多かろう。爆発でできる煙を象った大きなオブジェだった。

 
 次に淺井裕介による「石職人の家跡」に行く。地元住民のおばあさんが観光客をつかまえて長々と解説していた。家跡には淺井さん独特のあの絵が描かれていて遺跡のようだ。じっくり見ても飽きない。

 

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(淺井裕介「石職人の家跡」)

 
 荒神明香による「S邸」「A邸」は家というか、何なのだろう。両方とも透明で曲面をもった壁のような建物のようなもので、きれいだ。丸っこくてかわいらしい椅子があった。

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「S邸」(荒神明香「コンタクトレンズ」)

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荒神明香「コンタクトレンズ」部分)

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(丸っこい椅子)

 
 島内では結構廃墟も見かけた。今は島民は50人ほどだという。

 
 途中、「←定紋石」と書かれた謎の看板と遭遇した。島の消防団の古びた建物の横に道が伸びていて、森の奥へ続いている。不安に思いつつも行ってみる。
 木の中を多少のアップダウンもありつつ少し進むと岩に突き当たった。石垣のように組まれている。よく見ると巴紋がついていた。これが定紋石らしい。

 

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定紋石。数箇所に巴紋がある)

 あたりには小銭が散らばっていたので宗教的なものかと思ったが、調べるとどうやら違っている。
 犬島は古くから石材を産出しており、江戸時代に大阪城を修築する際に、権勢を誇る意味合いもあったのだろう、西国の諸大名は巨岩に紋を刻み寄進したのだとか。その中のひとつがこの定紋石だということだ。今回見た中で唯一芸術祭に関係ないものがこれだった。私はこういうものももっと見たい。

 
 下平千夏による「C邸」は家の中に水糸が張り巡らされており、ハンモックのように乗れる。

 

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 ここでランチ休憩。古民家を利用した「ukicafe(ウキカフェ)」というお店に立ち寄る。昼時だったが運よくすぐ入れた。かなり暑かったので、ついついセルフサービスの冷たい水を何倍も飲んでしまった。タコの入ったトマトパスタをいただく。小さいサラダがついて900円くらいだったか。安くはない。観光地価格としては普通だろう。

 

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タコのパスタ)

 
 だんだん船の時間が近づいてきた。

 
 駆け足で小牟田悠介の「I邸」を見た。庭は色とりどりの花々が狂ったように鮮やかに咲いていて少し怖かった。

 
 港近くのお土産屋で犬島の石でできているワンコを買った。1000円。高いけどかわいらしいから買ってしまった。
 今回は見られなかったが犬島には犬のうずくまった形をした大きな石があって祀られている。それがモデルだ。犬島の名の由来となった犬には、菅原道真を助けたとか桃太郎伝説の犬と関係があるとかないとか、いろいろ伝承があるらしい。

 
 港にはすでに乗船の行列が。すぐ預けていた荷物を受け取り、急いで高速旅客船サンダーバードへ。犬島を定刻13時10分に出発。

 

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 朝出発した豊島を経由して直島へ行く。直島までは一時間。寝てしまう。

 
 直島の宮浦港へは14時ころに到着。

 

(続く)