2023年のまとめです。
【1月】
原爆の図丸木美術館「母袋俊也 魂-身体 そして光 《ta・KK・ei》《TA・GEMBAKZU》」は、どのように絵画は人の救いとなるかというテーマに果敢に挑んでいた。その時にグリューネヴァルトの磔刑図が参照されるということが興味深かった。具象的な人々の苦しみを背負ったキリストという存在があった。展示空間でぐるっと引かれた地平線が、《原爆の図》と母袋のこれまでの作品と、磔刑図を繋いでいるようだった。
府中市美術館「諏訪敦『眼窩裏の火事』」は照明など非常に凝った展示だった。個人的には終戦直後の満州で病没した祖母をテーマとした「棄民」シリーズが興味深かった。諏訪が北海道出身であることと、つい関係付けて考えてしまう。
√K Contemporary「比田井南谷 生誕110年『HIDAI NANKOKU』」は、見ているとなんだか気持ちが楽になる書の展示だった。
山梨県立美術館「米倉壽仁展 透明ナ歳月 詩情(ポエジイ)のシュルレアリスム画家」は、山梨に生まれ詩人・画家として活動した生涯を辿る。福沢一郎、北脇昇、寺田政明、浜松小源太、眞島建三、古沢岩美らの作品もあり人間関係や日本のシュルレアリスム運動の流れも追える。日本近代美術好きには堪らない。
映画「ケイコ 目を澄ませて」は、主人公がろう者であることとの対比であろう、サンドバッグを打つグローブやジムの床を跳ねる縄跳びなどの音も印象的だが、私にはトレーニングなどで主人公が通りかかる川や首都高の朝夕の景色や陰影が非常に美しく感じられた。あれほど美しい東京はなかなか見たことがない。訃報では高橋幸宏(ミュージシャン、YMOドラマー)が印象深い。
●主なニュース
9日
・東京国立博物館の館長が文春オンライン緊急寄稿
18日
・文化庁が「文化芸術分野の契約等に関する相談窓口」を開設
●訃報
11日
12日
・加賀乙彦(小説家)
14日
・井口健(建築家、北海道百年記念塔設計コンペ代表)
●見た展示など
17日
・原爆の図丸木美術館「母袋俊也 魂-身体 そして光 《ta・KK・ei》《TA・GEMBAKZU》」
・府中市美術館「諏訪敦『眼窩裏の火事』」
・調布市文化会館 たづくり「『マンガ家・つげ義春と調布』展」
・映画「ある男」
18日
・CADAN有楽町「染谷聡 × 川人綾『となりの揺らぎ』by imura art gallery」
・√K Contemporary「生誕100年 富岡惣一郎 | 白の世界」「比田井南谷 生誕110年『HIDAI NANKOKU』」
19日
・山梨県立美術館「米倉壽仁展 透明ナ歳月 詩情(ポエジイ)のシュルレアリスム画家」
24日
・映画「ケイコ 目を澄ませて」
25日
・映画「ヒューマン・ボイス」
・映画「パラレル・マザーズ」
原爆の図丸木美術館「母袋俊也 魂-身体 そして光 《ta・KK・ei》《TA・GEMBAKZU》」
府中市美術館「諏訪敦『眼窩裏の火事』」
√K Contemporary「比田井南谷 生誕110年『HIDAI NANKOKU』」
山梨県立美術館
【2月】
三鷹市美術ギャラリー「合田佐和子展 帰る途もつもりもない」は作品を年代順に辿るオーソドックスな構成の回顧展。シュルレアリスム的なオブジェから出発し(卵型のオブジェは中西夏之の《コンパクトオブジェ》なども想起させた)コラージュ的な絵画を経てエジプトとの出会いを契機に独自の神秘的な「シュールレアリズム」や「オートマティズム」の世界へ進んでいく。またこの展示では男性中心の美術業界で合田がどのように注目されたかなどフェミニズム的観点からの読み直しがされているのも重要。見る前は漠然と単なるフォトリアリズムの画家かと思っていたが、いい意味で裏切られた。代表作といえる映画スターなどをモノトーンで描いた時期の作品が並ぶ通路は特に狭くて作品から感じる圧に押し潰されそうだった。台所で描いていたという合田の制作環境を追体験するかのようだった。
福島県立美術館「福島アートアニュアル2023 境界を跨ぐ─村越としや・根本裕子」、福島県立博物館「写真展 福島、東北 写真家たちが捉えた風土/震災」では村越としやの作品を初めて見てとても惹かれた。作品全体に共通するのはぼんやりと薄暗いトーンで、県立美術館では部屋がさほど明るくないせいもあってか、じっと見つめなければ目が慣れず写っているものが判別できない作品もある。林、畑、ビニールハウスや民家、畦道など、まるで電車の窓から外を眺めている時のように見過ごしてしまいそうな風物が何気なく写されていた。
2、3月には東京藝大大学院映像研究科主催の「回回回RAMProject」という秋田や北前船、環日本海をテーマとしたリサーチプロジェクトに参加した。2月には秋田大学鉱業博物館、六郷のカマクラ、潟上市郷土文化保存伝習館、真山の万体仏などを見た。
●主なニュース
6日
・トルコ南部・南東部やシリア北部で地震
23日
22日
24日
・日本初の現代美術に携わるアーティストによる労働組合が結成、記者会見(1月19日に結成)
27日
・『写真批評』が50年ぶりに復刊
●訃報
5日
・辻村寿三郎(人形作家)
13日
・松本零士(漫画家)
14日
●見た展示など
8日
・福島県立美術館「福島アートアニュアル2023 境界を跨ぐ─村越としや・根本裕子」
・福島県立博物館「写真展 福島、東北 写真家たちが捉えた風土/震災」
10日
・三鷹市美術ギャラリー「合田佐和子展 帰る途もつもりもない」
・高島屋史料館TOKYO「百貨店展――夢と憧れの建築史」
11日
・21_21 DESIGN SIGHT「クリストとジャンヌ=クロード "包まれた凱旋門"」
・東京都現代美術館「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」「MOTコレクション コレクションを巻き戻す 2nd」
15日
・八橋油田
16日
・真山神社
【3月】
市立伊丹ミュージアムは、酒どころらしく建物も蔵っぽい造りできれいだった。「小牧源太郎 生きとし生けるもの」は館所蔵の素描を軸として小牧の制作過程と遍歴を辿る回顧展。シュルレアリスムから始まり日本文化、信仰、生命の誕生、宇宙論、存在論へのテーマの移り変わりも興味深いが、繊細で多様なマチエールを用い、ダブルイメージどころではない、いくつものイメージを重ねられることで作り上げた独自の作品の魅力は、やはり現物を見ないと分からない。
栃木県立美術館「「二つの栃木」の架け橋 小口一郎展 足尾鉱毒事件を描く」は、栃木で活動した画家の小口一郎の代表作である木版画連作三部作を全点展示する回顧展。第一章は油彩や連作の他の版画を並べつつ小口の絵画教室の活動などを紹介。二~四章は三部作を制作発表順にずらっと並べる。二章は日本初の公害事件である足尾銅山鉱毒事件を取材し事件が起きた谷中村の人々と田中正造の戦いを描く《野に叫ぶ人々》、三章は鉱毒事件から逃れ北海道佐呂間町に移住した人々の栃木への帰郷までを描く《鉱毒に追われて》、四章は足尾銅山内部の労働問題を描く《磐圧に耐えて》。題の二つの栃木とは「栃木県」と、佐呂間町に移住した人々が形成した「栃木集落」をさし、2022年は美術館開館50年であると共に栃木集落の6戸が帰郷してから50年にあたる。この帰郷には小口の支援があったといい、帰郷活動と並行して《鉱毒に追われて》の制作が行われたという。芸術と物語、そして人々の生活がどのように関わっているのかについて、非常に興味深い展示だった。
郷土玩具ふくべ洞では宇都宮の郷土玩具・黄ぶなをゲット。
弘前れんが倉庫美術館「「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展」は、この美術館ができるきっかけになった、弘前出身の奈良美智の展示を市民有志が作り上げるまでのプロジェクトの記録展示。展示を追体験するというよりは展示が出来上がる経緯を振り返るような内容。運営の中心人物たちのインタビュー映像では異口同音に「「ナラヒロ(奈良美智展弘前の通称)」は再現不可能だ」と述べられていた。多くの人々が奈良の作品や展示空間にほれ込み、奈良自身も倉庫という場所に惚れ込んで、またタイミングも良かったことで実現したのだと感じた。幸福な出会いだ。運営ではなく展示の成功を目指し、町おこし的な状況は、あくまで後からついてきたようだった。本当にやりたいことをやりたい人がやっていたのだ。地域おこしやイベント運営などに関わる人は襟を正さずには見られない展示だったように思う。前半に紙ものの資料やインタビュー映像を持ってきて、後半に展示時の記録写真や奈良の作品を見せ、次に奈良と弘前の関わりについて少し触れ、最後にナラヒロ展をきっかけに美術の道に進んだ作家や会期中のワークショップを紹介する構成は、内容からして適切だったと思う。後半に映像を見るのはキツい。あくまで「ナラヒロ」の展示としてボランティアや運営、倉庫のオーナーの吉井を主役として見せる工夫は随所から感じられた。展示の設営の記録写真も写真家の個展のように展示されていたし、奈良の作品もまた個展のように展示室内に設けられた一室で展示されていた。
萬鉄五郎記念美術館「追悼 大宮政郎展」は、まず物量がやばかった。詰め込めるだけ詰め込んだ感じの展示。岩手の美術をリードし続けた作家の制作の流れが見られた。大宮の中心的なテーマは「人動説」という文明批評とも言える独自の現代社会への造形的な解釈で、晩年は生命や死を思わせる連作へと変化していく。河原温の初期作品のようなドローイングや、ある時期の高松次郎を思い出させる文字を使った作品など戦後日本美術の濃厚な影響下にあったらしいことも地方での美術のあり方を考える上で興味深い。
成島三熊野神社の兜跋毘沙門天像は高さ4.73mのケヤキの一木造で、毘沙門天像としては日本一の大きさだ。「地天女」に支えられた独特なや坂上田村麻呂伝説との関係から想像が膨らむ。仏像好きなら一生に一度は見ておきたい傑作。
●主なニュース
1日
・令和4年度芸術選奨美術部門に栗林隆と沢村澄子、新人賞には中﨑透が選出
2日
・演劇・映画界のハラスメント撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士がセクシャルハラスメントを行ったとして東京地裁に提訴される
・美術評論家連盟、飯山由貴作品の上映不許可に対する意見書を東京都人権啓発センターと都知事に送付
28日
●訃報
3日
・大江健三郎(作家)
6日
・秋竜山(漫画家)
28日
●見た展示など
1日
・猪名野神社
・市立伊丹ミュージアム「小牧源太郎 生きとし生けるもの」
・浄福寺護法大権現
・石像寺(釘抜地蔵)
2日
・栃木県立美術館「「二つの栃木」の架け橋 小口一郎展 足尾鉱毒事件を描く」
9日
・赤れんが郷土館・勝平得之記念館「秋田の土人形展 ~八橋人形を中心に~」
・秋田県立図書館
10日
11日
14日
・求聞寺
15日
・弘前れんが倉庫美術館「「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展」
25日
市立伊丹ミュージアム「小牧源太郎 生きとし生けるもの」
栃木県立美術館「「二つの栃木」の架け橋 小口一郎展 足尾鉱毒事件を描く」
弘前れんが倉庫美術館「「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展」
【4月】
ボーダレス・アートミュージアムNO−MA「林田嶺一のポップ・ワールド」は、戦中の経験を独自のキッチュでポップな絵画へ落とし込み、近年評価が高まる画家の個展。アウトサイダーアートの文脈で語られることも多い。
ついでに寄った彦根城で偶然にも国宝・彦根屏風を見ることができたのが最高だった。思ったよりサイズが小さく、かなり細かい描き込みで、屏風として立てられていることによる絵画空間の立体感や人物同士の緊密な関係性を堪能できた。
●主なニュース
13日
・戦後初日本の領域内への落下が予測された弾道ミサイルが北朝鮮により発射される
15日
・和歌山県で岸田首相の演説直前に爆発物が投げ込まれる
●訃報
5日
6日
・富岡多恵子(作家)
9日
・澄川喜一(彫刻家、報道は6月)
13日
・マリー・クワント(デザイナー)
●見た展示など
19日
・近藤重蔵墓(西善寺墓地内)
・東京都写真美術館「深瀬昌久 1961-1991 レトロスペクティブ」「TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見」「土門拳の古寺巡礼」
・ユーロスペース「鈴木清順生誕100年記念『ツィゴイネルワイゼン』4 K デジタル完全修復版」
・長等神社
・彦根城
・小幡人形 工房
21日
・総本山三井寺
・大津絵の店
・ボーダレス・アートミュージアムNO−MA「林田嶺一のポップ・ワールド」
ボーダレス・アートミュージアムNO−MA
《彦根屏風》(部分)
【5月】
八戸市美術館・八戸ブックセンターで見た「仲條正義名作展」は、一つ一つの仕事が慣れや惰性を避けて作られた感じがし、ポップでキッチュだけれど安っぽくなく、誰にでも作れそうで誰にも作れない。そんな古びない魅力を感じた。八戸では昨年亡くなった大久保直次郎さんによる八幡馬を買えたのも嬉しかった。
●主なニュース
5日
・石川県能登地方を震源とする地震が発生、珠洲(すず)市で最大震度6強
8日
・新型コロナ感染症が5類移行
12日
・75歳以上の保険料を2024年度から引き上げる改正健康保険法が成立。
16日
・電気料金値上げを政府が了承。6月から14~42%引き上げ。
19日
・G7サミットが広島市で開幕
31日
・原発延長法が成立、運転期間を「原則40年、最長60年」と定めた安全規制を大きく転換
●訃報
10日
・セオドア・カジンスキー(「ユナボマー」、数学者、アナキスト、テロリスト)
11日
・ケネス・アンガー(映画監督)
19日
・上岡龍太郎(タレント)
27日
・イリヤ・カバコフ(アーティスト)
●見た展示など
5日
・岩手県立児童館 いわて子どもの森
17日
・石神の丘美術館「書のよろこび 沢村澄子展」
18日
・八幡馬(大久保直次郎による)を購入
・八戸市美術館・八戸ブックセンター「仲條正義名作展」「美しいHUG!」
石神の丘美術館「書のよろこび 沢村澄子展」
【6月】
宮城県美術館「伊達政宗と杜の都・仙台―仙台市博物館の名品」「令和5年度コレクション展示 リニューアル直前!宮城県美術館の名品勢ぞろい!」は、市民活動により移転が断念され現在地での改修が決まった宮城県美術館の閉館前最後の展示。個人的には日本に残る絵画の中で、実在の日本人を描いた油絵としては最古の作品である《支倉常長像》を見ることができたのが印象に残っている。コレクション展では「ぐりとぐら」など絵本原画のコレクションも楽しかった。
上野の森美術館「特別展 恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造」は、いいテーマ設定で概ね展示物も充実していたけれど、内容がざっくりした章があって手近の資料詰め込んだようで浮いていて残念だった。また現代の作家の紹介文がひどかった。とはいえ、導入部分のイグアノドンの紹介、代表的なパレオアートの作家と図像の伝播と変遷、現代作家の紹介など大まかな構成は興味深く良かった。
府中市美術館「発掘・植竹邦良 ニッポンの戦後を映す夢想空間」は、これまであまり知られてこなかった府中の画家の回顧展。桂川寛やタイガー立石、中村宏を思わせる作風から地形図や建築へモチーフを展開させていく様からは濃厚な時代性を感じ興味深かった。
●主なニュース
16日
・第38回京都賞の思想・芸術部門で美術家のナリニ・マラニが受賞
22日
・大原美術館の新館長に美術史家の三浦篤が就任することが発表される
●訃報
9日
・平岩弓枝(小説家)
22日
・野見山暁治(画家)
●見た展示など
3日
・東北福祉大学仙台駅東口キャンパスTFUギャラリーミニモリ「柳緑花紅 芹沢銈介の植物もよう」
・宮城県美術館「伊達政宗と杜の都・仙台―仙台市博物館の名品」「令和5年度コレクション展示 リニューアル直前!宮城県美術館の名品勢ぞろい!」
11日
17日
・東京都現代美術館「さばかれえぬ私へ Waiting for the Wind 志賀理江子 竹内公太」
・ちひろ美術館・東京「没後50年 初山滋展 見果てぬ夢」
・世田谷美術館「麻生三郎展 三軒茶屋の頃、そしてベン・シャーン」
「ミュージアム コレクションⅠ 山口勝弘と北代省三展 イカロスの夢」
18日
・印刷博物館「グラフィックトライアル2023 -Feel-」
・世田谷文学館「没後50年・椎名麟三と「あさって会」」「石黒亜矢子展 ばけものぞろぞろ ばけねこぞろぞろ」
・府中市美術館「発掘・植竹邦良 ニッポンの戦後を映す夢想空間」
21日
・上野の森美術館「特別展 恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造」
・太田記念美術館「ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画」
・GOOD DESIGN 丸の内「GOOD DESIGN COLLECTION 1950s-2020s」
・CADAN有楽町「今井壽恵 オフェリアその後」
世田谷文学館「石黒亜矢子展 ばけものぞろぞろ ばけねこぞろぞろ」
府中市美術館「発掘・植竹邦良 ニッポンの戦後を映す夢想空間」
【7月】
この月には、2019年から道東で66頭の牛を襲ったヒグマ「OSO18」が人知れず駆除されていた(発覚は8月)。
●主なニュース
2日
・中野サンプラザが閉館。
10日
・袴田巌氏について静岡地検が有罪立証を続ける方針を正式に表明。
25日
・2023年1月1日時点の日本人の人口を総務省が発表。全都道府県で人口が減少したのは初めて。
30日
・2019年から道東で66頭の牛を襲ったヒグマ「OSO18」が駆除される(発覚は8月)。
●訃報
11日
・ミラン・クンデラ(作家)
21日
・無着成恭(教育者、『山びこ学校』)
24日
・森村誠一(作家)
31日
●見た展示など
31日
・0地点「0地点 first exhibition」
【8月】
この月には「第6回特別展示「 “アウタリオピッタ” アイヌ文学の近代 — バチラー八重子、違星北斗、森竹竹市 —」を見に、初めて国立アイヌ民族博物館を訪れることができた。3名の歌人を、掛川源一郎の写真なども含む豊富な資料で紹介していた。森竹竹市の展示からは国立になる前の博物館を思い出した。閉館してしまったポロト湖畔の温泉が懐かしい。
プラニスホールでは、北海道ゆかりの作家を公募・選抜する「JRタワー・アートプラネッツ・ラスト展」を開催していた。ビル建て替えのため最後のグループ展となる。造形的な部分では荒削りながらドキュメンタリーとして見応えがあり多数の出品作のなかでほとんど唯一実存的なテーマに正面から取り組んだ鷲尾幸輝の作品にポテンシャルが感じられ印象に残った。
国立科学博物館のクラウドファンディング(とその成功)は、博物館が立たされている苦境を象徴する出来事だろう。
雨の中、福泉寺の首大仏を見に行ったのはいい思い出だ。
映画「オオカミの家」は「カルト教団のビデオ」という設定は必要だっただろうか?映像表現として圧倒的なのだから細かい設定は雑音のように感じられた。同時上映の「骨」の方が短いせいかシンプルに楽しめた。
●主なニュース
7日
8日
・ハワイ・マウイ島で大規模な山火事が発生。
24日
31日
●訃報
19日
・山本二三(アニメーション美術監督)
・桑山忠明(美術家)
23日
・佐野ぬい(洋画家)
30日
●見た展示など
8日
・国立アイヌ民族博物館「第6回特別展示「 “アウタリオピッタ” アイヌ文学の近代 — バチラー八重子、違星北斗、森竹竹市 —」
・プラニスホール「JRタワー・アートプラネッツ・ラスト展」
22日
・東京ステーションギャラリー「甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性」
・日本橋高島屋S.C.「高野光正コレクション 発見された日本の風景」」
・福泉寺 首大仏
・湯河原温泉に宿泊
23日
・茅ヶ崎市美術館「イギリス風景画と国木田独歩」
・渋谷区立松濤美術館「私たちは何者?ボーダレス・ドールズ」
・映画「オオカミの家」「骨」
日本橋高島屋S.C.「高野光正コレクション 発見された日本の風景」」
福泉寺 首大仏
【9月】
北海道博物館「北の縄文世界と国宝」は、ハイライト的に国宝の土偶を見せたり個々の遺跡を詳細に解説したりと、縄文文化を丁寧に紹介する充実の展示だったが、土偶や土器の造形性を際立たせ見せたかったからだろうか、ライティングによって影が強く出過ぎているように感じ立体感はあった反面、肉眼では細部が見づらかった。
もりおか歴史文化館「テーマ展 シロクロトシアツ 伯爵・南部利淳の木版画」は、美術愛好家として知られる南部家当主の木版画を特集する展示。山本鼎の《漁夫》を思わせる作品など、当時の画家たちの影響関係を思わせて興味深かった。
東京都写真美術館「風景論以後」は、現代の作家の作品を織り混ぜなが1970年前後の写真家や映像作家による風景論を振り返る。特に、永山則夫の生い立ちから逮捕までを彼が目にしたであろう風景から映し出す映像作品《略称・連続射殺魔》は面白かった。ちらと当時の北海道の風景が映っていた。
テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」放送終了(〜2010年)は大変残念なニュースだった。
●主なニュース
1日
・関東大震災から100年。
9日
21日
27日
・テレビ番組「ぶらぶら美術・博物館」放送終了(〜2010年)
●訃報
8日
・寺沢武一(漫画家)
15日
・フェルナンド・ボテロ(美術家)
・土田よしこ(漫画家)
●見た展示など
7日
・北海道博物館「北の縄文世界と国宝」
18日
・もりおか歴史文化館「テーマ展 シロクロトシアツ伯爵・南部利淳の木版画」
23日
・東京都写真美術館「風景論以後」「TOPコレクション 何が見える?「覗き見る」まなざしの系譜」「本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語」
24日
・東京都現代美術館「デイヴィッド・ホックニー展」「「あ、共感とかじゃなくて。」「MOTコレクション 被膜虚実 特集展示 横尾忠則―水のように 生誕100年 サム・フランシス」
・東京ステーションギャラリー「春陽会誕生100年 それぞれの闘い 岸田劉生、中川一政から岡鹿之助へ」
・東京オペラシティ アートギャラリー「野又 穫 Continuum 想像の語彙」「収蔵品展076 寺田コレクション ハイライト(後期)」「project N 91 小林紗織」
もりおか歴史文化館「テーマ展 シロクロトシアツ伯爵・南部利淳の木版画」
【10月】
半蔵門ミュージアム「堅山南風《大震災実写図巻》と近代の画家 大観・玉堂・青邨・蓬春」は、小規模ながら関東大震災から百年の今年に合わせた企画。
東京オペラシティ アートギャラリー「石川真生 ─私に何ができるか─」はやはりライフワークの《大琉球写真絵巻》の最新作を見られたのが良かったが、それに至るまでの作品はどうしても会場の規模の限界からかダイジェスト的な紹介に留まっていたのが惜しい。もっと大きい会場での個展が見たい。「project N 92 土井沙織」は以前からSNSなどで見かけていて気になっていたアーティストの展示だったので見られて良かった。特に縦構図を魅力的に描くなぁと思った。
村上友晴の訃報は大変残念だ。目黒区美術館の個展(2018年)で見た繊細な作品の数々が思い出される。
映画「君たちはどう生きるか」は、巨匠が好き勝手やっているなぁという感じを受けた。もう一本長編を作れば傑作が生まれるのではないかという予感さえした。
●主なニュース
1日
・インボイス制度開始
7日
・パレスチナのイスラム組織ハマス、イスラエルに対して大規模な攻撃を開始
13日
・文部科学省、旧統一教会に対する解散命令を東京地方裁判所に請求
25日
・「性同一性障害特例法」の要件が憲法に違反するかが問われた家事審判で、最高裁大法廷が「違憲」とする決定を出した。
27日
・民間人への暴力と殺害の停止やパレスチナ解放と即時停戦、ガザへの人道的支援等を求める内容のオープンレター公開を受けArtforum編集長が解雇、4名の編集者も辞職。
●訃報
2日
・村上友晴(画家)
●見た展示など
28日
・半蔵門ミュージアム「堅山南風《大震災実写図巻》と近代の画家 大観・玉堂・青邨・蓬春」
・東京オペラシティ アートギャラリー「石川真生 ─私に何ができるか─」「収蔵品展077 ひとの顔」「project N 92 土井沙織」
・高島屋史料館 TOKYO「陶の仏ー近代常滑の陶彫」
・映画「君たちはどう生きるか」
東京オペラシティ アートギャラリー「石川真生 ─私に何ができるか─」
高島屋史料館 TOKYO「陶の仏ー近代常滑の陶彫」
【11月】
東京国立博物館「特別展 やまと絵 受け継がれる王朝の美」は、とんでもない展覧会だった。「やまと絵」という語の知名度の低さ故か展示物の豪華さの割には混んでいなかった。いわゆる神護寺三像を展示替えで見逃したのは惜しかったが、ダイナミックな山々や波の描写の《日月山水図屏風》や吹抜屋台の角度がリズミカルで装飾的な《寝覚物語絵巻》、生き生きとした筆遣いの《随身庭騎絵巻》、よく見ると細かく顔が描写されている《明恵上人樹上坐禅像》、付喪神を描いた《百鬼夜行絵巻》などを見られたことが特に印象に残っている。常設16室ではウィーン万国博覧会150周年の特集として開拓使(北海道物産取調掛)を通じて収集されウィーン万博に出品されたアイヌ資料や横山松三郎撮影のアルバムが展示されていた。
せんだいメディアテーク「自治とバケツと、さいかちの実-エピソードでたぐる追廻住宅」は仙台市青葉区にあった追廻という地区の77年にわたる歴史や暮らしを振り返るアーカイブ的な展示だ。いわゆる美術作品が並ぶ展示ではないのだが、構成・制作を、佐々瞬と伊達伸明という2名のアーティストが行なっている。2021年末から2022年初めに開催されていたグループ展「ナラティブの修復」展でも佐々は追廻地区を扱っており、伊達は「取り壊される建物の一部を使ってウクレレを制作する」という内容の作品を展示していた。個人的には「ナラティブの修復」がある種の導入となり見やすい展示だった。国有地だった追廻地区は戦後簡易住宅約600戸が建設され、空襲で焼け出された人や満州などから引揚げた人が暮らした。その後公園の整備を計画した仙台市が住民と移転交渉を続け、2023年2月に最後の1軒が解体されたことで追廻住宅は無くなった(無くなったからこそ、市営の施設であるにも関わらずこのような市の方針の流れに竿を刺すような展示が実現できたのかもしれない)。展示はどうやって追廻地区が出来てどのような暮らしが営まれどういう人が生活し移転にあたって仙台市とどういうやりとりがあったかを、年表や住民の証言などの豊富な資料から振り返る展示だった。実物大の家屋が並んでいたり、生活で特徴的なもの(洗剤代わりに使われたサイカチの実など)ごとにコーナーをわけたりと、追廻住宅が身近でなくとも個々の内容は興味深いものもあった。資料の収集や什器の準備などにどの程度アーティストが関わったのかは一見しただけではわからず、むしろ個人的にはその部分に興味があったのだが、そもそもアーティストが演出的な役割でアーカイブ的な展示に関与する例はあまり聞いたことがなく興味深かった。演習そのものも過剰ではなく適切な範囲かと思った。
念願の福島県三春町を訪れることができた。日本三駒と呼ばれる郷土玩具の一つ「高柴木馬(三春駒)」や三春張子(三春人形)の入手が第一の目的だったが、ついでに見た三春町歴史民俗資料館では「河野広中の生涯」という展示が開催されていた。三春は自由民権家の河野広中などを輩出しており、西の高知(板垣退助などを輩出)と並ぶ自由民権運動が盛んな土地であったという。個人的には三春藩主秋田家は元を辿れば鎌倉時代頃に北東北に勢力を持った安東氏であり「末裔がこんなところにいたのか!」と東北史・北方史好きとしては面白かった。三春駅からはレンタサイクルを使い、三春張子の工房がまとまってある集落「高柴デコ屋敷」(住所は郡山市)の彦治民芸や三春駒神社、橋本広司民芸・デコ屋敷資料館を訪れた後、小沢民芸にも立ち寄った。
映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」は、3時間以上の長さで休憩なしだったが退屈せず見られた。マーティン・スコセッシ監督がレオナルド・ディカプリオとタッグを組んだ傑作だ。1920年代にアメリカ・オクラホマで実際に起きたアメリカ先住民オーセージ族の連続殺害事件をもとに、石油の利権を巡るサスペンス的な西部劇。欲に目が眩んだ人間の嫌な部分のリアリティと人種・民族間の葛藤や疑心暗鬼を丁寧に描いていてたまらない。
●主なニュース
22日
・オランダで極右政党が第一党に
27日
・参議院予算委員会で吉川ゆうみ議員が「現代アートを“稼ぐ力に”」という提言を行う。
●訃報
12日
・KAN(シンガーソングライター)
15日
・福岡道雄(彫刻家)
29日
・エリオット・アーウィット(写真家)
●見た展示など
8日
・映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
9日
・ギンザ・グラフィック・ギャラリー「日本のアートディレクション展 2023」
15日
・福島県三春町を訪問
・三春町歴史民俗資料館「令和5年度自由民権記念館企画展「河野広中の生涯」」
・高柴デコ屋敷 彦治民芸、三春駒神社、橋本広司民芸・デコ屋敷資料館
・小沢民芸
16日
・工房けやきで木下駒を購入
・仙台光原社
・せんだいメディアテーク「自治とバケツと、さいかちの実-エピソードでたぐる追廻住宅」「細倉を記録する寺崎英子の遺したフィルム」
「澳国維府博覧会出品撮影」(1872〜3(明治五〜六)年、横山松三郎撮影、東京国立博物館所蔵)
せんだいメディアテーク「自治とバケツと、さいかちの実-エピソードでたぐる追廻住宅」
【12月】
渋谷区立松濤美術館「「前衛」写真の精神: なんでもないものの変容」は、瀧口修造から始まり阿部展也、大辻清司、牛腸茂雄という流れで日本写真史の中の前衛写真(特にシュルレアリスム的な)の系譜をたどる展示。
技巧的な前衛写真が発表されていた1930年代、瀧口は写真におけるシュルレアリスムとは「日常現実の深い襞(ひだ)のかげに潜んでいる美を見出すこと」と語った(これは例えばウジェーヌ・アジェの作品を指している)。瀧口が寄稿していた雑誌を読んで育ち、瀧口と「前衛写真協会」を立ち上げた阿部にも強く影響を受けた大辻は「なんでもない写真」と題したシリーズを手掛ける。大辻の教え子である牛腸も大辻の影響下で独自の写真を撮る。
個人的に印象に残ったのは、まず瀧口の写真観だ。私の解釈では、技巧を凝らすのではなく一見なんでもない日常風景を撮っている中に強い存在感というかモノの存在の不思議が感じられるような写真が、瀧口にとってのいい前衛写真のようだ。大辻や牛腸の作品にはこれが受け継がれていると感じた。また、私が近年興味を持っていた「風景」と「シュルレアリスム」という二つのキーワードをつなぐ展示だったという意味でとても参考になる内容だった。この展示は牛腸の作品をまとめて鑑賞する初めての機会だった。学生の頃の課題作品も展示されていたが目をひくような完成度で、本当に何気ない風景や人物を撮影してこれだけ魅力的な写真を撮れるのは天才というにふさわしいのではと感じた。
泉屋博古館東京「特別企画展 日本画の棲み家」は、明治以降、展覧会制度の導入で大きく濃彩な作品が増えるなど、床の間や座敷が「棲み家」であった日本の絵画表現の変化に着目した展示。大正時代以降、「展覧会芸術」と対置される言葉として「床の間芸術」という旧態依然とした作品を揶揄する用語が美術雑誌などに登場する。昭和初期には竹内栖鳳や川合玉堂がこれを肯定的に捉え、展覧会芸術一辺倒の美術界を批判したという。住友家の邸宅を飾った泉屋博古館のコレクションとともに現代の作家にも「床の間芸術」をテーマに新作を依頼。展示の最後では別子銅山の操業を家業としていた住友家の特別な床飾を紹介していて興味深かった。
北海道立文学館「特別展 左川ちか黒衣の明星」は、気になっていた夭折の詩人について知られていい機会だった。 伊藤整との関係性など面白い。シュルレアリスム、フェミニズムなど、現代でも様々な文脈で左川の作品が読み直されていることがわかった。左川ちかの詩は私には不思議にイメージを喚起させる、これをアニメーションにでもしたらさぞおもしろいだろうと感じた。
●主なニュース
・ダイハツの安全性認証試験における組織的大規模不正が発覚
27日
・高島屋でクリスマスケーキの破損トラブル
28日
・沖縄辺野古沖地盤改良工事を国が代執行。地方自治法基づく初の事態。
●訃報
5日
・伊藤義郎(伊藤組土建会長)
15日
・アントニオ・ネグリ(哲学者)
●見た展示など
7日
・渋谷区立松濤美術館「「前衛」写真の精神: なんでもないものの変容」
・泉屋博古館東京「特別企画展 日本画の棲み家」
・TARO NASU「マルセル・ブロータース Works, Films and the complete editions & books」
・国立新美術館「大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ」「NACT View 03 渡辺 篤(アイムヒア プロジェクト) 私はフリーハグが嫌い」
28日
・北海道立文学館「特別展 左川ちか黒衣の明星」
北海道立文学館「特別展 左川ちか黒衣の明星」
(終)