こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

天塩川日記②

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(アートヴィレッジ恩根内近くにて)

 

  の続き。北海道の美深町にある「アートヴィレッジ恩根内」というところで10日間の滞在制作を行い、天塩川を辿った記録です。2日目。

 

 

 

2019.5.2.

 

 

 

・初めての朝

 
 滞在2日目。恩根内で迎える初めての朝。ちょっと遅めに10時頃からの打ち合わせに合わせて起床。この時に初めてアートヴィレッジ恩根内のカフェスペースに入った。木のぬくもりが感じられる内装で、とても落ち着く場所になっている。コーヒーを飲みながら会期など展示に向けていくつか確認した。

 

 壁に大きな恩根内地区の地図があった。最も恩根内の人口が多かった頃どこにどういう人が住んでいたのかを数年かけてマッピングしたのだという。

 小車(おぐるま)という地区にはかつて水銀鉱があり大陸から連れてこられた人が強制労働をさせられていたという話もこの時に聞いた。終戦時に強制労働をさせていた人達は報復を恐れ蜘蛛の子を散らすように居なくなったのだ、と、戦後も恩根内にそのまま住んでいた方の名前を指差しながら、工藤さんは語った。エピソードとともに小車という地名がとても印象に残った。

 

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(恩根内、武四郎碑の裏)

 

 11時頃からひとまずアートヴィレッジ周辺を大友さんの車に同乗させてもらってまわる。外は小雨が降っている。
 駅近くに松浦武四郎の碑と看板があった。建立者などを確認しようと後ろに回り込むと、碑の裏は英文になっていた。英文しか読めないような人がここにくるとは思えないのに、なぜわざわざ?その配慮がなんだかおかしい。道路を挟んで向かいにシラカバが何本か立っていた。雪は表面だけが残り、内側は側溝に溶けて流れて空洞になっている。それが面白くてスケッチブックにペンでその風景を描いた。

 

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(ふきのとう)

 
 アートヴィレッジの前の角を右折し、橋を渡る。天塩川の岸へ行ってみる。だいぶ雨がはげしかったが傘をさして車から降りた。空き地に群れてふきのとうが生えていた。可愛らしいくてつい絵に描き残す。辺りを少し歩いてみて、前日の電車から眺めた風景を思い起こしながら頭の中で地図を書いてみた。蛇行している川の内側にあたる部分に恩根内の集落があるようだ。このあたりは意外と土地に起伏があるとも感じた。

 

 渡ってきた橋を引き返してまっすぐ進むと、また天塩川の岸に出た。恩根内の集落は天塩川が蛇行しているその内側にあることがわかる。左手に恩根内大橋が見える場所で少し絵を描いた。対岸にはまだ雪が残っていた。携帯水彩絵の具を使い慣れず、色が濁ってしまった。

 

 途中、森内駅逓所跡と書かれた看板があり、民家の前で黒い犬が吠えていた。

 
 恩根内駅の方を通ってアートヴィレッジまで戻る。「ねぶた恩根内」と書いてある謎の小屋は雪のせいだろうか、屋根が落ちて半壊状態だった。大友さんと知床斜里ねぷたの話などをする。駅の隣には古そうなレンガの立派な倉庫があった。農協の倉庫だろうか。
 12時30分過ぎに昼食。アートヴィレッジでカレーを食べる。

 お腹を満たしたところで14時ころからアートヴィレッジのすぐ裏手、ミズバショウが生えている空き地へ。地面が水浸しになっているので、靴が濡れないように気を付けながら木の根元でしゃがんで絵を描くのは少ししんどかった。水たまりに写った白い花と鮮やかな緑の葉が美しかった。

 

 

 

・小車へ

 

 その後は水銀鉱があったと聞いた小車地区へ行ってみた。武四郎がオクルマトマナイと記した地名は今、小車という名で呼ばれている。「地神宮」と彫られた碑が謎の建物のそばにあった。この建物はコンクリートで包まれたレンガの壁を持ち、いくつかの小部屋に分かれている。何のために使ったものだろう。

 

 その先にも数軒の廃屋があり家電が捨てられていた。小動物の骨も落ちていた。

 

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(謎の建物)

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(骨)

 

 その先の中川町へ通じる道はすぐ通行止めになっていたが、道路は舗装されずっと奥まで続いているようだ。

 

 15時半頃から、どこまで行けるかわからないが歩いて先に進んでみることにした。ひたすら歩く。

 場所によってはまだたくさん雪が残っている。

  

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(「森林学習の森」)

 

 「森林学習の森案内」と書いた看板があった。白樺と常緑樹がちょうどこの辺りを境にして生えている。カラマツ、トドマツ、シラカバ等の人工林と針広混交林からなり、人工林と天然林を学ぶ場所になっているのだという。

 また少し進むと「郷土の森」と書かれた看板があり、トドマツ人工林と疎開した幼齢の広葉樹林からなり、「育林が進んでいないので町木であるアカエゾマツを広範囲に植林した」とあった。

 

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(ブロックでできた小屋)

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(羽釜)

 

 その先にはコンクリートブロックで建てられた縦に長い建物があった。手前に流れている小川には羽釜が落ちていた。近くに住宅の基礎だったらしいコンクリートの構築物もあった。後から大友さんが「人工物が少しある方が写真が撮りやすい」といっているのを聞いた時、僕はこの場所の景色を思い浮かべた。

 

 キレイに整地された空き地が多い。サイロだったと思しき円形の屋根のない建物があった。この辺りは牧草地として使っていたらしい。

 

 水路として掘ってある溝の斜面にL字に生えた白樺があって面白かった。

 

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(御車小学校跡)

 

 「御車小学校跡」という看板があった。あたりにはそれを示すものは看板のほか何も見当たらず、空き地が広がっている。

 

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(流れのはやい川)

 

 ふと川を見ると最近の雨のせいだろう、流れが速い。

 

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(通行止め手前の森)

 

 16時半頃、また「落石のため通行止め」の看板と車止めのポールがあった。もうすぐ暗くなってきそうなので引き返した。この道はいったいいつから通行止めなのだろうか。

 

 往復で8キロくらい歩いただろうか。へとへとになった。だいぶ寒くなってきた。車でアートヴィレッジまで戻る。

 大友さんは部屋に戻ったが、僕は一日が終わるのが惜しくてさらに30分くらい近所を散歩した。恩根内駅に向かう道路から少し脇に入ったところの木陰にミズバショウが生えている場所を見つけた。

 夕食は適当にパスタを茹でる。

 22時半過ぎ、明日に備えて早めに就寝。

 

 

 

 ③へ続く。