(恩根内へ向かう途中の景色)
北海道の美深町にある「アートヴィレッジ恩根内(おんねない)」というところで10日間の滞在制作を行った記録です。
まずは札幌から旭川へ向かいます。そこから恩根内までは電車で。
2019.5.1.
・旭川へ
朝7時ころに札幌を出た。旭川まで用事があった家族の車に同乗した。
(ソーラーパネル)
あちこちで空き地を埋めるように並ぶソーラーパネルを見る。寄り道をしながら12時過ぎには旭川に入った。
(「男山酒造り資料館」の展示物)
酒造会社の男山株式会社の工場に併設された「男山酒造り資料館」では興味深いエピソードを知った。男山は江戸時代初期にさかのぼる伊丹の銘柄で、今でも全国に同名の日本酒がたくさんある。だがここ北海道の男山こそが本家筋だという。その訳は、シェアを広げようとする中で北海道の消費者が内地(本州)志向が強いことを知った当時の社長が「歴史の裏付けがないことが弱点」と考え、わざわざ男山創業家の末裔を探し出し、印鑑商標類や酒造道具を受け継いだから、という。北海道での歴史や伝統のあり方を考える上でおもしろい。
(名寄行のホーム)
旭川駅まで送ってもらい、14時59分の名寄行きの電車に乗る。早めに改札を通ったが電車の切り離しに時間がかかっていたので一度トイレに行き、戻ってきてみると一両しかない車両はほぼ満席になっていた。なんとか空いた座席の隙間に体を押し込む。
・恩根内へ
(名寄行の車中から)
曇り空の下まだ笹の間にところどころ雪の残る森を抜けていく。山並みを遠くに、耕したばかりらしい黒々とした畑を手前に見ながら電車は進む。
名寄へは時間通り16時32分についた。音威子府行に乗り換えるのだが4分しか時間がない。いそいでキャリーバックを持ち上げ階段を昇り降りする。無事、出発に間に合った。
(恩根内行きの車中から、天塩川など)
美深駅を過ぎ、初野駅、紋穂内駅と過ぎていくと、窓の下には蛇行した天塩川が次々と展開していく。湿った林にはミズバショウが点々と生えている。道北ではありふれた植物なのかもしれないが、私にとっては自然の豊かな土地という印象を与える花だ。のち、今回の滞在中にはあちこちでミズバショウを見かけた。
(恩根内駅の様子)
(恩根内駅前)
予定通り17時23分頃に恩根内駅に降り立った。改札もなにもない無人駅だがなかなかキレイにしてある。電車を見送り、駅の中を通り抜け、まっすぐ駅前の通りを進む。道の左右に何軒か民家があり、郵便局や公園がある。空き地のシラカバの根本にはフキノトウが群れて生えていた。
突き当りを右に曲がるとかつて小学校だった建物が見えてくる。
(アートヴィレッジ恩根内)
・アートヴィレッジ恩根内
こんにちは、と言いながら戸を開けると、すでに今回の滞在制作のパートナーである写真家の大友真志さんは到着していた。
グーグルアースなどで予習したとはいえ、東京から1日半、札幌から半日、旭川からでも2時間半以上をかけてやっとたどり着いた見知らぬ場所で、知った顔を見たときの安堵感といったらない。ようやくほっとして力が抜けた。今日からここアートヴィレッジ恩根内で10日ほど滞在し(この時はまだ何を作るのか決まってはいなかったけれど)制作、発表するのだ。ようやく滞在と制作の実感がわいてきた。
続いて、この「アートヴィレッジ恩根内」を運営している工藤さんにご挨拶する。すでに18時近い。もう遅いので細かい打ち合わせは翌日に、ということになった。館内施設の最低限の説明を受けて部屋に荷物を置く。私が割り当てられた部屋は学校の教室を改装したものらしく壁には黒板があった。中央には掘りごたつに長いテーブル。打ち合わせにもってこいだ。
食事の準備もろくに考えてこなかった私は、ここでようやく買い物のことを考え始めるのだが、ちょうど大友さんが買い出しに行くというので車で美深の市街地まで連れて行ってもらえた。買いだしから帰ると、カップ麺でも食ってごまかそうとしていた私に大友さんが炊いたご飯とスープを分けてくれた。
夕食後はウイスキーで乾杯する。大友さんはストレートで。僕はグラスの底にほんの少しだけいれたウイスキーをリボンシトロンで割った。ほとんどジュースみたいな飲み物のはずでも、疲れのせいか気持ちよく酔いが回るのを感じられた。お互い二人展は今回が初めて。どうしたものか途方に暮れていたが「天塩川」を辿って展示を組み立てていこうということでなんとか話がまとまった。方向性が見えた安心感からか、これからの取材への期待からか、つい話に花が咲く。0時過ぎに就寝。