こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

山形日記 ③ 小松沢観音

 

 の続き。山形旅行の2日目。

  

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 ・再び村山へ

 

 朝5時半頃に起きてすぐ荷物をまとめ、昨晩買った安い弁当を掻き込んでから山形市のビジネスホテルを出た。この日の予定は、午前中にムカサリ絵馬を見るため観音堂を二か所まわり、山形駅まで戻ってきて乗り換えて、午後は米沢市まで行く、というなかなかのハードスケジュール。

 

 まずは昨日も訪れた村山市までJRで行き、駅から歩いて小松沢観音を目指す。小松沢観音は若松観音と同じく最上三十三観音の札所のひとつ。

 本当は前日のうちに同じ村山市最上徳内記念館と一緒にまとめて見るつもりだったのだが、その日に予定を変えて山寺に行ったのと、つい徳内記念館に長居してしまったということがあり翌日に持ち越した。旅先で勧められたお店に寄ったり目的地に行く順番を変えたり、一人旅だと気まぐれでスケジュールの変更ができてよい。

 前の日に徳内記念館の職員の方に観音堂はどのくらい遠いのか訊いたところ「駅から1時間ほどだろう。山の中にあるから徒歩はやめたほうがいい」と言われていた。

 しかし、観音堂は本来は巡礼の地である。朝の元気のあるうちに歩いて行ってみたい気持ちがあった。携帯で調べたところやはり徒歩1時間ほどのようだった。早朝の澄んだ空気の中、森林浴がてらのんびり歩いてお参りするのも悪くないと思ったのだ。疲れたらタクシーを使えばよい。

  

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 6時前には山形駅をでる電車に乗った。朝早くだからそれほど混んではいなかった。部活動に行くらしい学生がぽつぽつ座っていた。車窓の風景は住宅街から町工場、川、ビニールハウス、田園と目まぐるしく変わる。山並みも変化に富んで、遠くにあった山がいつの間にか目前にそびえていたりと飽きさせない。

 

 6時半ころ村山駅に着いて、最上徳内記念館とは反対の出口を出る。山に向かってまっすぐ道が伸びている。携帯の地図を頼りに歩いていく。

 

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 ・小松沢観音までの道のり

 

 駅前からのびる道をひたすら歩く。人も車もほとんどいない。なにせ朝の7時にもなっていないのであるから当然だ。途中で一度右に曲がり、再びまっすぐ進むと駅から40分ほどでなかなか立派なお寺のある十字路にたどり着く。県の文化財にもなっている古い石鳥居が目印になる。お手洗いを借りて小休憩。

 ここには小松沢観音堂まで1.3キロの看板が出ていた。もう15分も歩けば着くかな、と思ったのが甘かった。そこを通りすぎると左手にソーラーパネルがたくさんあり、右手には幟が立って観音堂への道の看板が出ている。ここからが本番だ。ずんずん山道へ入っていく。

 

 

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 道は舗装はされていて歩きにくくはない。どんどん人里から離れていくので次第に不安になってきた。こういうときにまず頭に浮かぶのは「急に熊でも出てきたらどうしよう」ということだ。それでむやみに咳払いをしたり、鼻歌を歌ったりしてみた。道のそばに静かに流れる小川を眺めたり、自然と耳に入ってくる鳥の鳴き声を聞いたりしながら歩いていると、いつの間にか熊への不安は忘れていた。

 ときおり道の両側の草木の間から、石碑や祠が現れる。いにしえの巡礼者が目にしたのと同じ風景を目にしていると思うと感慨深い。

 

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 山道を歩き始めて15分ほど、鳥居があった。しかしまだ到着というわけにはいかない。ここからさらに10分以上山道を歩いた。急斜面に作られた古びた石段はところどころヒビが入り強く踏むと崩れそうでひやひやした。

 

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 不動堂があった。たくさん鉄製の剣が絵馬に貼り付けられて奉納されていた。だいぶ錆びて剥がれかけたものもあった。

 

 こうして山道を歩いていると、ぼんやりと、自分の今までのこと、これからのことに思いを巡らせてしまう。

 

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 やっと表参道に着いた。またもや急な石段が立ちはだかっていた。ゴールが見えているので足取りも軽く登りたいところだったが、へとへとだった。村山駅から1時間半近くかかった。先が見えないので本当に長い道のりのように感じた。だが気持ちの良い散歩ではあった。

 

 

 ・小松沢観音

 

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 山門には村山名物の巨大わらじが掲げられている。あたりには誰もいない。

 

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 境内は大きくない。自然に生えたものか、それとも植えられたものか、山中の寺院に白い花があまりに似つかわしかった。

 

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 壁にも扉にもたくさんの札が貼られている。開けてはいけないような雰囲気がある。

 恐る恐る開け放った扉から堂内に光が差し込む。「觀世音」の額や提灯、祭壇が照らされた。一歩中に入るとセンサーがあって小さい照明も着いた。照明がつくということは、しばしば扉を開けて参拝する人がいることを示しているわけで、歓迎してもらったような気持ちになってホッとした。

 あたりを見回すと、新旧のおびただしい量のムカサリ絵馬、お札、千羽鶴ほか奉納物で壁から梁の上まで埋め尽くされていた。中が暗いのは障子も何もかも奉納物ですっかり埋まってしまっているからだろう。たくさんの奉納物に監視され試されているような気持ちで恐る恐る蝋燭を灯してお参りした。
 本来は博物館で保存するのが望ましいような絵馬も含まれているのかもしれないけれど、堆積するように奉納物が飾ってある姿を見られることはありがたく貴重なことだ。

 参考:小松沢観音の絵馬 文化遺産オンライン

 

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 ムカサリ絵馬に限らず、武者絵の絵馬や歌舞伎の絵馬もある。

 

 観音堂の背後の坂を登ると鐘楼がある。その途中でお花の写真を携帯で撮っているおばさんが居た。おはようございますと挨拶したが、すぐ居なくなってしまった。別当さんだったのか、散歩しにきた地元の方だったのか、わからない。

 結局、境内には1時間ほど居た。とにかく観音堂の各種の奉納物の存在感がすごい。「奉納物とは奉納者の想いが形になった物だ」と簡単に言えば言えてしまう。しかしそれらが全て違った来歴を持ち、無秩序に吹き溜まるように観音堂に納められている有様は、私の力量ではとうてい言葉で表現できない。圧倒され、得体の知れないものを見たときのような動揺を覚えた。

  

 

 ・黒鳥観音へ

 

  小松沢観音の次は黒鳥観音へ向かう。歩くと2時間はかからなさそうだが、道に迷いたくないし体力を温存したいのでタクシーを呼ぶことにした。

 地元のタクシー会社に電話する。この朝早くから山の中へ迎えに来いと言われて、電話口のおばさんの声は明らかに驚き怪しんでいる様子だった。

 

 10分ほどでタクシーが坂道を登ってくる音がしたので、参道の下まで階段を降りて待っていた。気の良さそうなおじいさんの運転手は私を乗せて一度坂を登りきって小松沢観音の駐車場でUターンし坂を下った。

 

 運転手さんは「こんな朝早くからよく登ってきたね〜」とにこやかに話しながらも驚いた様子だった。ここは最上三十三観音の中でも最も辺鄙で坂のきついところのひとつらしい。以前は朝に散歩しに来る方もいたそうだが、最近は少ないとも。さっき会った人は散歩だったのか?

 次に向かう黒鳥観音も黒鳥山の中腹にあると聞いていたので山道がキツイのか訊いてみたところ、「小松沢観音まで歩いて行くような人なら全然大丈夫だよ」と笑われた。

  昨日も村山市に来て最上徳内記念館を見たことなど話した。去年の秋に厚岸町に行った話をしたところ、厚岸が村山市姉妹都市であることは知っていたみたいだった。「行ってみたいなぁ、どんなところだった?」と言われたので、独特な地形のこと、文化財のこと、海の幸の話をした。

 

  ぽつぽつ雨が降って来た。山を下り、住宅や畑ばかりの山裾の道を走る。

 

 黒鳥観音は麓の道沿いに鳥居があり目印になっている。鳥居の右側に迂回するように坂があり、傾斜がきつめの短い坂道があり、車で観音堂のごく近くまで行ける。公衆トイレもあった。晴れていれば展望もよいだろう。

  

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 15分あまりで黒鳥観音に着いた。まだ朝の8時半ごろだ。運転手さんは「ベットー(別当)さんいるかなぁ」と言っていたので心配になったが、いらっしゃっていた。白い鶏が2、3羽飼われていて、小屋の周りを歩いていた。

 

 

 

 に続く。