こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

五美大展 (平成30年度 第42回 東京五美術大学連合卒業・終了制作展)のよかった作品

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 (会場の壁)
 

 

 平成30年度 第42回 東京五美術大学連合卒業・終了制作展(通称・五美大展)に行った。毎年莫大な量の作品に圧倒されて疲れるので今年は行くつもりはなかったのだがなんとなく気まぐれで行ってしまった。

 なお、作品情報は会場のキャプションに基づきます。

 

 

 ◯東京造形大学
 

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・「人物」油彩、キャンバス 240×350cm 小泉権之亮

 

 2018年6月にカナダで行われたG7首脳会合の際に撮られた写真を元にした絵である。かなり厚塗りのコテコテのマチエールで描かれている。こういうマチエールが好きな作家なのだろう。このマチエールでこの場面を描くことにほとんど必然性はないと思う。この絵の元になった写真が絵画っぽくて魅力的な構図なのだということに気づかされたのがよかった(この絵を見ただけで私がG7の写真だと思い出せたことがすぐれた構図であることを裏付けているように感じる)。宮本三郎戦争画「山下、パーシバル両司令官会見図」や、井上長三郎の政治風刺的な絵画を思い出した。

 

 

 

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・「Are You on Neutral Ground ?」ターポリン、インクジェットプリント 103×145cm  中村元

 

 石に、看板に、「Are You on Neutral Ground ?」、「あなたは中立ですか?」と書かれている。シンプルながら普遍的でしかも現代に合っているメッセージを使っているのがズルい。まさに先日行われた辺野古埋め立てに関する沖縄県民投票で「どちらでもない」などというほとんど詐欺めいたくだらない選択肢が入れられる、そういう現代において、噛みしめたい一言だ。「あなたは中立ですか?」。

 

 

 

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・「Gray and color #4」キャンバス、油彩 高橋稜

 

 三点の展示。魅力的な絵だと思う。どれも既視感はあるけれど左の小さい作品が不思議と好きになった。

 

 

 

 ◯日本大学芸術学部

 

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・「Your warmth」石 宮崎虹季

 

 台の上に異様にすべすべとした石が並んでいた。これは拾ってきた石を並べただけの作品なのか、それとも気に入った石を磨きまくった作品なのか気になった。何が言いたいかというと、僕は石が好きだということだ。

 

 

 

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・「冬」窓、セロハンテープ 並木円花

 

 セロハンテープを貼ってから割った窓に美しさを見出して展示しているだけなのだとしたらさほど面白みはないけれど「冬」という作品名がいいなと思った。たしかに冬っぽい。

 

 

 

 ◯多摩美術大学

 

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・「土の記憶」ミクストメディア 米山早希

 

 会場側の都合で実現できなかったが本来は54か所の土を採取しテキストと共に展示する作品らしい。今回は福島県内の土について提示してある。五美大展の後に大学での展示が控えていると、こういう宣伝みたいな展示ができるのがいいなと思った。あと床置きの木箱に写真が入っているのが素敵だと思った。

 

 

 

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・「Drive on rainy day 」布、アクリル 井上瑞貴

 タイトルから推測するに車を描いているらしい。とても車には見えないがなんだかかわいい。魅力がある。

 

 

 

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f:id:kotatusima:20190225232243j:plain・「身から出た」ミクストメディア 佐藤亜衣

 

 作家の部屋で見つかったなんだかよくわからないモノの用途を鑑賞者が考えてノートに書き込める参加型の作品。タイトルが好きになれないが、ちゃんとノートが面白いし、誰も不幸にならない感じでよく考えてあるなと思った。こういう仕組みを作れる人はたぶんかしこいのだろう。

 

 

 

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 ・「逃げたい人の絵」ミクストメディア 入江姫加

 

 プラモみたいに男女?が形作られている。デフォルメが魅力的。素材が一見わからなくておもしろかった。タイトルもなんだか気になる。何から逃げたいんだろう?

 

 

 

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 ・「専用キャンバス」キャンバス、油彩、アクリル 中屋胡桃 

 

 いろんな食べものがその輪郭にあわせた形のキャンバスに描かれている。単に身の回りのものを描いただけでなく、一応それぞれのモチーフの専用のキャンバスであるという設定が面白いし、その割に輪郭をなぞることがぜんぜん徹底していないのも面白い。まじめに絵画論を研究している人達をあざ笑うみたいだ。個人的には「すあま」の「専用キャンバス」が好きだった。売って欲しい。

 

 

 

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・「Complex521(The bombing in 91')」パネル、ミクストメディア 溝田悠太 ※写真はいずれも部分

 

 マチエールが魅力的だった。

 

 

 

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・「herstories」綿布、油彩 中尾江利

 

 人数が少ないけどアテネの学堂を下敷きにして女性の歴史に言及した絵らしい。どうでもいいけどなぜ木枠に張らなかったのだろう。

 

 

 

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 ・(上)「生老美思」リトグラフ、木版 (下左)「二十代母の焼き付け」リトグラフ (下右)「MIYOU」リトグラフ 太田美葉

 

 版画のポートレート。ポージングや背景の設定がうまいのだろう、人物がすごく魅力的に見える。

 

 

 

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 ・(左)「おだやかな青」(右)「しずかな青」水性木版 毛利万菜美

 

 駅を横構図で捉えるのも細かく分割して描くのも普通だが、抑え目の色合いとホームの下の線路までちゃんと描いているのが好きだった。一点一点にちゃんとサインもしてある。

 

 

 

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・「慰霊」高知麻紙、白土、緑土、水干絵具 高橋和

 

 かなり近くに寄らないと何が描かれているかわからない。というより、ほとんどゼロ距離で見ても何が描かれているかわからない。薄い線描で花や果物が描かれているようだ。鑑賞するのがかなりしんどい。そのぶん自然と目を凝らしてしまうということもなくはないが・・・。描くのもかなりしんどいのではないか?高い美意識があるのだろうことは感じられた。かかっている労力の割に評価がされなさそうだなと思ってしまった。

 

 

 
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 ・「海眼」三彩紙、岩絵具、箔 楽嘉怡

 

 渓斎英泉?あたりの錦絵の美人を持ってきてゴージャスに描いている。よく学生の日本画で(たまに油画でも)なんとなく浮世絵風のタッチで描かれた絵を見ることがある。しばしば現代の風物と過去の風物をまぜこぜにして描いたりして面白くしようとして失敗しているのだが、この作品に関しては作家の高い描写力のおかげか非常に魅力的で妖しげな美人が描かれていて良い。色も渋さと派手さが調和していて素敵だ。この美人を抜き出した小品が売っていたら欲しい。ただ画面中央の富士山と波が埋没してしまっているのが残念だ。

 

 

 

 ◯女子美術大学

 

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・「Autonomous thought (自立的思想)」紙、インク、クレヨン、キャンバス 41×31.8  松島千晶

 

 全然意味わかんないんだけど、他の学生の多くが大作をバンバン出品する中でこういう小品を出してそれでけっこう様になっていてかっこいいのがすごい。

 

 

 
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・「Personality」銅版画 30×20cm15点組 渡邊萌菜
 

 銅版画。バッキバキに割れたスマートフォンの画面を描いている。ありふれた日常の光景だがとても今っぽくていい。それだけではなく技法的にも面白い。画面のヒビがドライポイントで描写されている。ドライポイントとは銅版画の技法の一種で、丈夫なニードルで銅板に直接傷をつけ描画する方法をさす。つまり、傷を再現するのに版の上でも傷がつけられているわけだ。ドライポイントの特徴はその「にじみ」とも形容される生々しい太さをもった線だが、液晶の傷のにじみをうまく表現していると思う。

 

 

 

 ◯武蔵野美術大学

 

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 ・「簡易な装置」 石井雅人

 まったく名は体を表すというか、布団用の洗濯ばさみ?にモーターがついて床で回転していた。キャプションが作品にペタッと貼られているのがいい。

 

 

 
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・「自然体2」 鴇田拓真

 

 段ボールでコ汚いおばさんが作られている。結構でかい。遠くから見ても近くから見ても段ボールの造形だと分かるのだが、不思議と安っぽい感じがせず、すべての段ボールがあるべきところにあるべき形で用いられている感じ。造形物としてのレベルの高い説得力があった。タイトルもいい。

 

 

 

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・「手向ける」 東原茉梨奈

  

 壁から頭が生えていて、いろんな髪型が作ってある。どうやら本物の髪の毛を使っているらしく、少し生々しくて気持ち悪さを感じる人もいるかもしれない。これだけ毛を集めるのは大変だろう。この作品とは無関係かもしれないが江戸時代に北前船などが難波すると船乗りは金比羅大権現に祈願するのに最後は髷を切って祈る。そして無事生還したのちに髷が貼り付けられた額を奉納したりするのだが、それを思い出した。「手向ける」とは誰に対してなのだろうか。

 

 

 

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 ・「共に」 倉脇優介

 

 両側の車のハンドルを回転させることで進むことができ、中央の板に人などを載せられる。スチームパンク風の駕籠みたいなものだ。造形がかっこいい。

 

 

 

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 ・「untitled」 大塚美穂

 

 4点展示されていたうちの、この2点がいい。細かく装飾的に描き込んで化け物のような物をモノクロで表現するのは銅版画だとベタ中のベタだと思うけれど、なぜか作家性が感じられた。もっとたくさん見たい。

 

 

 

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 ・「border line」 新井あかね
 

 背景の日本画の画材がきれいだった。かわいい。

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 何しろ数が多いので疲れるから行きたくなかったのだが、やはり行けばそれなりに面白い作品を見出すことができた。というより、これだけたくさんの作品があれば一点や二点は自分の琴線に触れる作品がない方がおかしいのであるから、ぜひ普段は美術展鑑賞に縁のないような人も来たらいいと思う。もっとゆっくりじっくり見ればまだまだいい作品を見出せたかもしれないことが心残りだ。

 五美大展は卒業(修了)制作という一つの区切りの作品が展示されている。それぞれの作家は特別な想いを持って制作、展示しただろう。やはりそのエネルギーには圧倒される。それも普段の作品展よりずっと疲れる要因だろう。

 確かに卒業制作展は大切な展示に違いないし、実際に私もそれがきっかけで展示の機会を与えられたこともある。とはいえ、これから作家として作品を発表していく人々にとっては卒業制作展はスタート地点に過ぎない。通過点といってもいい。大切なのはこの次であろう。グループ展か個展か分からないが、卒業した後に展示をできるのかどうか、どのようなものを見せることができるのか。どうやって制作と発表を続けていくのか。

 私もそういうことを卒業時にもっと考えておくべきだったなと今にして思う。

 

 

 

 (終)