こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

2018年1月の京都②(東本願寺ギャラリー展とシンポジウム、北海道開拓と開教、アイヌの関わり)

 

f:id:kotatusima:20180206160614j:plain

東本願寺の門)

 

 一応、の続き。東本願寺で行われた展示、シンポジウムへ。 

 

 目次

 

 1.東本願寺

 2.ギャラリー展

 3.シンポジウムの様子

 4.簡単な感想

 

 

 

 

2018.1.31.

 

 

 

  1.東本願寺

  

 叡山電車で鞍馬から出町柳まで。そこからさらにバスで東本願寺へ向かった。

 12時40分頃には東本願寺へ到着。 東本願寺は正式には真宗本廟といい、真宗大谷派本山本願寺ともいう。

 以前来たときは確か工事中だった。 まず御影堂と阿弥陀堂を参拝。御影堂は宗祖親鸞聖人の御真影(御木像)を安置し、阿弥陀堂浄土真宗のご本尊である阿弥陀如来像を安置している。どちらも1895(明治28)年に再建された建物で、2011年の親鸞聖人750回忌に御影堂門などと合わせて修復を行い、2009年に御影堂、2015年に阿弥陀堂と御影堂門が竣工したという。

 このお堂に使われる木材を運ぶためにかつて使用した毛綱(綱を丈夫にするために人の髪を混ぜたもの)なども見た。売店もちらっと見た。気まぐれで清沢満之の小冊子を買ってみた。

(公式サイト:東本願寺

 

f:id:kotatusima:20180206160721j:plain

(手前が御影堂、奥が阿弥陀堂

f:id:kotatusima:20180206160725j:plain

(左にあるのが御影堂門、京都タワーも見える)

 

 

 

 2.ギャラリー展

 

f:id:kotatusima:20180206161117j:plain

 
 今回京都に来た目的のひとつ、参拝接待所内のギャラリーへ。

 ここでは、「アイヌ ネノ アン アイヌ(人間らしくある人間)―北海道開拓・開教の歴史から問われること―結城幸司の作品世界をとおして」が開催されている。これは毎年開催されている人権週間ギャラリー展の特集とのことだ。

(ギャラリーのブログ:http://www.higashihonganji.or.jp/photo/22011/

(展示を紹介する新聞記事:アイヌ同化策に加担、教団の歴史直視 東本願寺で資料展示 : 京都新聞

東本願寺と北海道開拓の関係については以前少し書いた→厚岸日記② - こたつ島ブログ

 

f:id:kotatusima:20180207211355j:plain

f:id:kotatusima:20180207211400j:plain

f:id:kotatusima:20180207211407j:plain

f:id:kotatusima:20180207214640j:plain

 

 三部構成になっており「1.『維新と開拓』とアイヌ民族」では当時の地券や明治記念拓殖博覧会のポスターなどの史料とアイヌ民族復権運動にまつわる史料を展示。

 墓を暴いて集めた頭蓋骨がずらっと並ぶ北大教授・児玉作左衛門の研究室の写真があった。副葬品の刀もたくさん写っていた。最近もよくニュースでアイヌの遺骨問題が取り上げられている。見た瞬間気持ち悪くなってきた。悪趣味どころの騒ぎではない。狂人の所業だと思った。時に研究は人を狂わせるのだと思った。

 

 「2.『アイヌモシリ』と大谷派教団」では1977(昭和52)年の東本願寺大師堂爆破事件の遠因である、明治時代の大谷派教団による北海道開拓・開教の史料を展示していた。第二十二代法主となった大谷光瑩(こうえい、法名は現如)が北海道を訪れ本願寺道路を開く様子などが描かれた「北海道開拓錦絵」も批判的に紹介されていた。

 

 「3.共なる世界を願って 結城幸司作品展」では、アイヌ解放運動のリーダーであった結城庄司氏を父に持ち、版画家、木彫作家、ロックシンガーでありアイヌ民族運動家である結城幸司氏の版画作品を展示。アイヌの自然観を解釈し形を与えた作品は平面的かつ装飾的で、裏彩色を施しているのか繊細な色使いも伺える。動物と人間とを大胆に重ね合わせ、見事に一体のものとしてデフォルメしていたものが多かったという印象だ。

 展示のチラシなどでも使われた親鸞上人が描かれた作品もあった。「お山の力を感じる時」(2011)で、「もしアイヌの土地に親鸞聖人が来たならば、私たちの声を聞き、考えてくださるだろう」というコメントがついていた。明治政府に追随し、北海道を「開拓」し、開教によって同化政策を勧めた教団への皮肉とも、宗祖の精神に帰れと諭しているともとれる作品だが・・・。

 

f:id:kotatusima:20180207221253j:plain

 

 会場の地下では親鸞聖人の一生を紹介する常設?のパネル展などもあり、興味深かった。専修念仏の弾圧により親鸞は師の法然とともに処罰され京から越後国へ流罪となった後、布教のため常陸国へ行き、著述にも励んだそうだ。京都に戻ったあとも関東の人々と交流は続いた。「北海道開拓錦絵」の詞書では、アイヌへの教化がこのような「御化導」と重ね合わされている。

 

 

 

 3.シンポジウムの様子

 

f:id:kotatusima:20180206162327j:plain

(しんらん交流館。カフェスペースもありきれいな建物)

 

 この日は14時から東本願寺に隣接する「しんらん交流館」にて、竹内渉(わたる)氏(公益社団法人北海道アイヌ協会前事務局長)、結城幸司氏、訓覇(くるべ)浩氏(三重教区金藏寺住職)による公開シンポジウムがあった。基調講演ののちパネルディスカッションだった。(以下の内容は私なりの要約なので正確な引用ではもちろんない)。


 まず教団の人が挨拶し、ご本尊を拝んだ。

 

 1時間ほどの基調講演では、竹内さんが展示の第一部に対応する形で、アイヌにとっては侵略ともいえる「開拓」の歴史とアイヌ復権の取り組みについて駆け足で紹介した。その中には結城庄司氏の映像もあった。「民族としてのあらゆる誇りの復権」を掲げ様々な活動を行った中には、「アイヌのことをアイヌが書かなければならない」とし、執筆活動も含まれている。その点、竹内さんが見習っていると語っていた。遺稿は本にまとめられている。

 

 その後休憩を挟んで、15時10分頃からパネルディスカッション。コーディネーターは解放運動推進本部の蓑輪秀一氏。今年は明治150年、北海道命名150年でもある。この150年間は大谷派アイヌの関わった150年でもあったという挨拶から始まり、それぞれが交互に喋っていった。

 

 まず結城さんが、基調講演で父である結城庄司氏の映像を見て感無量になったと感想を述べた後、次のようなことを語った。

 150年の間に私たちは毒矢など生活の糧としての狩猟を奪われたが、そのことは自然と人間、カムイと人の間の繋がり、そこに生まれる祈りや礼節、謙虚さも奪われたということでもある。食べ物を手に入れる場所を子供に尋ねればスーパーマーケットと答えてしまうような今日では、アイヌだけでなく和人にも想像力(創造力?)が奪われており、繋がりが持ちにくくなってしまっている。

 また、そんな看板は誰も背負いたくないのに、アイヌは「差別を受けてきた人々」というあまりに大きな看板を背負わされている。それ以外の面も知ってほしい。

 いま、アイヌには先人の歌や踊りなどが伝統として残っている。しかし、暮らしの中にある神話や踊りは奪われてしまった。アイヌ文化振興法では、生活と文化が切り離されてしまった。今回の作品展示では、自分のユーカラを見せたかった。日本人もアイヌも、それぞれ世界観を持っている。「僕らが僕ららしく、あなたがあなたらしく生きること」に行きつくために、活動を行っていきたいと考えている、と。

 

 次に、大谷派の立場から関わってきた訓覇さんが、大谷派の開拓の概要や、活動の中で出会った印象深い出来事や言葉をお話されていた。初めて参加したアシリチェップノミで「お前は何系日本人か」と問われ、和人であることを意識しないで生きていたことに気がついたこと、差別しながらもアイヌを知っている北海道人ではなく、アイヌの存在を知らない立場でどう課題を受け止めるかということ、「かしこき者」としての現如の立場から脱却し、救ってあげる存在として自分を定義している大谷派の救済観をどう問い直すのか、など。

 

 会場からの質問では、「差別や人権侵害からの脱却をどうやっていくべきなのか」という問いがあった。竹内さんがまず、差別のことだけでアイヌを考えないでほしい、アイヌにもいろいろな生活があってそれぞれ暮らしているのだから、と前置きしてから、国連の人種差別撤廃条約(日本は1995年に加入)ではあらゆる差別は非科学的であるとし、このことは国際的規範であって、差別は差別する多数者の人権意識に問題があるので、救うべきは差別をする人(竹内さんの言葉を借りれば「加差別者」)である、と答えていた。

 

 最後に登壇者が一言ずつまとめとして発言した。

 

 まず訓覇さんが、あるアイヌに「お前が差別者として頭を垂れるのが悲しい、もう差別しないと言えないのか」「お前がどうしたいのか見えない」と言われたことから、謝罪は一種の似非性を持ってしまうという話や、アイヌの行事に参加することへの教団内からの反発があるなかで、アイヌと関わるうちに、ある時から親鸞の教えを話すようになり、あるアイヌに「親鸞の教えに出会ってアイヌプリ(アイヌの生き方)が恥ずかしくないとはっきりわかった」と言われた話をし、互いに、仏教でいう「独尊」性をもって共に差別からの解放を目指していくことの大切さを説いて結びとしていた。

 

 竹内さんは、今回の展示のタイトル「アイヌネノアンアイヌ」の解説をした後、大谷派の他には建前ではなく本気でこれほど人権問題に取り組んでいる宗派は聞かない、と竹内さん曰く「おべんちゃら」を言っていた。

 

 結城さんは、大谷派アイヌと向き合うことを最初は偽善だと思い、また信徒の中にも「なぜいまさらアイヌなのか」という反応もあったが、その関係の中で親鸞上人と出会えて良かったということと、2020年までに旧土人保護法などを無理に当てはめられたアイヌのある世代への謝罪をしてほしいと思っていて、それはアイヌの自信になり和人も今は過去と違うという宣言になることで、そこから出会い直しをしたい、と語った。

 

 締めくくりはロックシンガーでもある結城さんの手拍子と歌声に続いて、会場一体となってアイヌのごく簡単な歌を歌った。結城さんの歌声は力強くて引き込まれた。

 

 ご本尊を拝んで16時半頃に終了。

 

 

 

 4.簡単な感想

 

f:id:kotatusima:20180206162315j:plain

 

 全体の感想。

 まず東本願寺の取り組みの本気度が驚きだった。シンポジウムの受付の近くでは様々な差別問題に関するパンフレットを配っていたし、アイヌ民族差別に関しては「共なる世界を願って」という真宗門徒に向けた学習資料集まで作っている。いわゆる葬式仏教ではない、現代の生活の中での宗教のあり方を模索しているのだなと感じた。

 結城さんはアイヌを「歌と踊りの民族」のように語っていたが、和人も和人なりの歌や踊りがあり生活文化があるはずだ、と聞きながら思った。この150年でアイヌがある種の想像力のような大きなものを失う一方で、和人も失ったものがあるのだろう。その問題の根っこはおそらく繋がっている。

 訓覇さんが「非当事者の当事者性」の所在について何度か語っていた。これは実に様々な場面で起きうる問題だと思う。しかし私は、実はどこにも非当事者なんていないのではないか、とすら思っている。つまり誰もが多少の程度の違いはあれ当事者である。時に過度に当事者である意識をもつことによる弊害もあろうが、また私たちはとてもあらゆる問題の当事者でいられるようなキャパは持ち合わせていないだろうが、そのような意識でなければ問題の解決も難しいのではないか、と感じた。

 また、結城さんがシンポジウムの最後で語っていたことから想像するに、作品「お山の力を感じる時」に込めた思いは、皮肉を言うこととも諭すこととも少し違っているのではないか。結城さんは、一教団や一民族を超えた普遍的な人間像に迫るような存在として、親鸞を描いたように私には思えた。

 

 

 

 (③に続くかもしれない)