こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

北海道百年記念塔について思ったこと

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(百年記念塔。2016年撮影)

 

 

  

 次のようなニュースを目にした。

 

www.hokkaido-np.co.jp

 

 
 北海道百年記念塔は札幌市厚別区の道立野幌森林公園内にあり、北海道100年記念事業として68年に着工、70年に完成した。街の中心部からだと見えないけれど、札幌に長く住んでいれば一度は訪れたことがあるだろう。旅行者なら新千歳空港から札幌に向かう電車から見たことがあるかもしれない。

 建設費5億円のうち半分は道民からの寄付で賄われたという。高さは100メートルで、地上23.5メートルには展望台がある。2014年から老朽化により立ち入りが禁止されていた。
 このニュースはその解体の是非についてのもの。すでに修繕に数億円以上かかっている。存続か解体か。道は、北海道命名から150年の節目の今年、方針を固めるということだ。

 

(参考)

道立自然公園野幌森林公園 | 環境生活部環境局生物多様性保全課

野幌森林公園の見所(北海道百年記念塔ほか)/札幌市厚別区

※2013年5月24日の北海道新聞にこの塔に関する記事が出ているらしいが未確認。

 

 

 

  塔の基部には雪の結晶を模した六角形の広場があり、塔の水平断面は「北」の文字を、壁面の凹凸は風雪と闘った長い歴史の流れを、垂直方向は未来への意欲を表しているのだという。

 また、塔入り口部分壁面には佐藤忠良による大きなレリーフが二点向かい合って飾られている。狩猟するアイヌや伊能図のような地図、黒田清隆ケプロン岩村通俊、エドウィン・ダンなどの肖像も交えながら、赤レンガ道庁、時計台、札幌の街路図のほか、農耕、牧畜、漁業、石炭産業の様子など、主に産業の発展を表現するモチーフが選ばれているようだ。ここからもこの塔の建立意図が読み取れるかもしれない。

 

 

 

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(最寄駅のJR森林公園駅にある案内看板)

 

 私の家のホームビデオには家族で野幌森林公園に遊びに行ったときのものがある。塔周辺の広い芝生は家族でシートを敷いてお弁当を食べたり子供を遊ばせておくのにちょうどよい場所だ。遊びにでかけた思い出を持つ札幌市民はけっこう多いのではないか。また百年記念塔に隣接する北海道博物館(旧北海道開拓記念館)や、野外博物館である北海道開拓の村は、小学校の遠足で出かけたり校外学習で訪れたりした場所でもある。大学へ進学してからも通学につかう電車の車窓から毎日のようにこの塔を眺めてきた。記憶の片隅にはいつもこの百年記念塔が建っていた。あの茶色い姿が住宅街の中から頭ひとつ飛び出している景色が見えなくなるのだとすれば、私にとっては当たり前の景色だっただけにとても寂しい。

 

 

 

 ところで、そもそもこの塔が記念する北海道百年や開道百年というのはなんだろうか。それは1869年の開拓使設置と北海道命名から数えた節目である。そしてこの「開拓」は、アイヌにとっては大量虐殺と文化的抹殺の歴史であり、開道百年は同化政策完了をも意味する忌まわしい事業だった。

 百年記念塔は北海道開拓における先人の労苦を讃える一方で、今日的では同化政策の肯定の一翼を担うとも捉えられるモニュメントであることに疑いはない。私は北海道百年記念事業の全体については詳しく知らないが、例えば旭川常磐公園にある彫刻作品「風雪の群像」や、いわゆるアイヌ肖像権裁判で批判された書籍「アイヌ民族誌」など、その是非について議論がなされ非難されている例はある。

 

 それでは、この塔はどうするべきなのか。

 確かに私をはじめ多くの市民や道民に親しまれている塔には違いない。だが数億~十数億をかけてまで残す意義、意味がどれだけあるのかといえば疑問を抱かざるを得ない。

 

 私はこの塔の形や色はけっこう好きだが、何としてでも残すほどの出来栄えだとは正直思えない。建築としての価値はどうなのだろうか。修繕して電波塔か何かのように利用でもできればいいのだが。観光名所になる見込みもない。もしこれを同化政策の「負の遺産」として見ても、史料的価値をもったり、過ちに対する戒めとしてのシンボルになれるかどうかというと、私には心もとない。実現しにくいだろうが、「北海道百年」を反省し、新たな北海道の門出を祝う祝砲として派手にイベント的に爆破して壊す方法もなくはない。しかしそれはあの塔に親しみを抱く人には受け入れ難いことだろう。

 

 大前提として、見たくないものに蓋をするような価値観は私は持っていないし、負の遺産的なものであればなおさら残すべきだというのが私の考えだ。例えば政権が変わったときにぶっ壊されるような政治的指導者の肖像彫刻を残そうとすることがある。そういうものと比べると、この塔のように抽象的な形態が象徴性をもってしまうことがなんだかもどかしい。日本的なのかもしれないとも感じる。百年記念塔はあまりにただの塔であり過ぎる。

 

 北海道開拓記念館が北海道博物館に名を変えて数年、北海道命名150年を迎えようというこの年に百年記念塔解体の話題が出るのは私には偶然とは思えない。ただ、解体されるにしてもそこに塔があった事実はきちんと残すべきだろう。

 たぶん一番現実的でつまらない結末は静かに解体されることだ。その時は塔があったことを忘れないよう、せめてこの目に焼き付けておきたい。それは、あの塔に想いをもつものにとっての義務かもしれない、と思うのだ。

 

 

 (終)