こたつ島ブログ

書き手 佐藤拓実(美術家)

札幌国際芸術祭2017(SIAF2017)見聞⑥

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 の続きです。

 

 目次

 1.北海道大学総合博物館の展示

 2.りんご

 3.梅田哲也ライブパフォーマンス

 

 

  

 8月18日③

 

 1.北海道大学総合博物館の展示

 

 

 

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 展示タイトルは「火ノ刺繍ー『石狩シーツ』の先へ」。詩人、吉増剛造の展示である。部屋に入る手前にコンセプト文と「石狩シーツ」関連年表がある。吉増さんにとって北海道は「啓示的なヴィジョンの源」であり「詩人としての危機ともいえる状況からの再生の舞台」であり続けてきたという。また、震災後に吉増が吉本隆明の著作を模写した紙の束「怪物君」を、託された飴屋法水が燃やした映像も上映されている。この行為から「火ノ刺繍」という言葉が生まれたのだという。

 吉増さんが札幌で展示していたことは知っていたが、長年北海道と関係があったことを踏まえると、詩の中の言葉ひとつひとつにも体験に裏打ちされた必然性があるのだなとわかってくる。

 

 天井の低い展示室には、元から博物館にあったものを利用したであろう原稿を展示したケースが並び、いくつかの壁に映像が投影されていた。またドローイングのような紙片などもあった。

 

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 昨年だったか、東京国立近代美術館で個展を行っていたと聞いたときは、なぜ詩人が?と思った。なんともいえない独特な映像やこれまた独特な原稿などを見ると、やっていることからイメージされるのは詩人というよりアーティストの方なのだろうと感じた。

 

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 私は吉増さんの詩を言葉遊び以上のものとして捉えられるだけの知識と詩の鑑賞経験を持ち合わせていない。だが、意外と楽しめた。おそらく今展のメインであろう「石狩シーツ」の朗読映像は40分以上あったにも拘わらず飽きずに見られたし(これに関してはたぶん映像の編集や演出によるところが大きいのだと思う)。手持ちのカメラで撮られた映像作品は不思議に魅力があり、銅板を叩いて文字を打ち出したオブジェは銅版画をやっていた自分としては感覚的に腑に落ちる部分があった。

 

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(映像作品) 

 

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(銅板を用いたオブジェ)

 

 19時頃まで展示を見、地下鉄南北線で中の島駅へ。「りんご」を見に行く。

 

 

 2.りんご

 

 なぜか「りんご」の会場は住所が書いてあるパンフレットと書いていないパンフレットがある。地図もない。会場を秘密にしておいて「○○付近」などと書き、たどり着くまでの道のりも作品のうちだ、とかいうのなら分からないでもないが、これはただの不親切である。

 駅の最寄出口と、出口を出たところに案内板はあった。本当は左に曲がってまっすぐ行くだけだったのだが、どこに対して左なのかがわからずかなり迷った。途中コンビニで訊いたりスーパーで訊いたりしてうんざりした。知らない街で道に迷う経験も旅の楽しみかもしれないが、大して風情もない住宅街の街灯も少ないようなところで迷ったところで不安になるだけである。私は反対方向にかなり歩いていたらしい。本来は徒歩4分のところ、20分以上かかってやっと着いた。

 

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 りんごを貯蔵していたという倉で展示が行われている。ここは18時から21時までしか開場しない。この時は十数人も鑑賞している人がいた。昼間に行われるはずのパフォーマンスを見る予定だった梅田哲也ファンが大挙して?押し寄せたのかもしれない。

 

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 金市館の展示と比べるとあまり音はしておらず、静かなインスタレーションだ。ガラス球を展示するなど共通点も見受けられた。球体を媒介にして金市館とりんごをつなぐ感じだ。もともと地下室の入り口だったのか、床に四角く穴があいていて、下は水で満たされていた。

 

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 見上げると飯盒が。

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 ここで偶然アーティストSさん夫妻に会った。車に同乗させてもらい金市館まで一緒に向かう。

 

 

 

 

  3.梅田哲也ライブパフォーマンス

 

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 21時ころには会場で受付を済ませた。いつの間にかメールが来ていて、当初21時に始まるはずだったのが21時15分開始に変更になっていた。

 

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 (入場証)

 

 前に昼間見た会場とはやはり雰囲気が違う。夜に古いビルに来るようなことはめったにないから、悪いことをしているような、肝試しをしているような、そんな気持ちだった。入場料はパスポート持参で1000円だった。開場までの間の十数分で受付前の狭いスペースはひとでいっぱいになった。最終的には30人くらい集まっていただろうか。

 

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会場に置かれた様々なオブジェの位置はだいたい昼間と同じようだった。もしかしたら数がちょっと増えていたかもしれない。暗さが増しているせいか、光るものの存在感がいっそう感じられた。 入場を開始してからしばらく経って、実際に何かが起き始めたのは21時半頃だったか。いつの間にかパフォーマンスは始まっていた。来場者が集まり始めた会場の片隅へ私も急行した。

 

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 当初行われるはずだったイベント「わからないものたち その2」の会場で流されるはずだったであろう会場説明の音声が、壊れた館内放送のように響く。暗闇で何をしているのか分からず音だけ聴こえてくるような時もたびたびあった。

 

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 演者は一人ではない(芸術祭運営からの案内メールには梅田哲也、高橋幾郎、リチャード・ホーナーとあった)。同時多発的に、また散発的に行われる様々なアクションは、特になんらかのリズムがあるわけではなく、見せ場があるわけでもなさそうだ。常にどこかでなにかが起きていることを感じさせる状態であった。

 

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 ぺこんぺこんと急にへこんで転げるジュースの缶や、密集したシンバル、ぐるんぐるんと回転しながら唸るような音をだすスピーカーなどいろいろなものが使われていた。

 

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 コーラと豚汁を売っていたので、コーラを買って飲んでみた。200円か300円だったか。高い。途中、マイクで梅田さん?から「余りそうなのでぜひ買ってください」というアナウンスもあった。

 

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 しまいには監視のスタッフたちまで奇妙な手遊びを始めた。

 

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 始まりもなければ終わりもないパフォーマンスを、どのように終わらせるかは本当に難しい。本来行われるはずだったイベントでは、バスでパフォーマンスが行われている場所まで行き、またバスで帰るという方法をとるはずだった(これならバスが着く前にパフォーマンスを始めて、バスが出たあと終わればよい)。たぶん、来場者が各自で広い会場の見たい部分を見、聴きたい音を聴くように、来場者のタイミングでパフォーマンスも終わるようにしたかったのではないか。

 この時は、終了予定の22時半を過ぎた22時40分あたりから、まだパフォーマンスが行われている中でスタッフが終わりを告げ、出口へ誘導するという形だった。このやり方は雰囲気を壊されるし、良くなかったと思う。かといって他に良い方法は思いつかないが。

 

 

 このパフォーマンスも含め、梅田さんの作品は聴覚や視覚の、反射的に反応してしまうような部分を刺激されるものだった。生理的な部分で知覚する作品なので、言語化は難しい。記録ということが不可能に近いようなパフォーマンスだったと思う。

 

 23時すぎに帰宅。

 

 ⑦に続く。