②の続き。次は日を改め札幌彫刻美術館の展示から。ちょっと長い文章になってしまった。
以下ネタバレ注意。
目次
1.本郷新記念札幌彫刻美術館「家族の肖像」
2.宮の森美術館
3.円山動物園
4.札幌市資料館へ
5.CAI02
6.すすきの会場
8月17日
1.本郷新記念札幌彫刻美術館「家族の肖像」
この日は札幌市営地下鉄の一日乗車券を買った。大人830円と超中途半端な値段。こういうのにSIAF割引があったり、札幌市内のバスにも乗れたりするなどの+αがあればかなり便利で好評になると思うのだが。
(『家族の肖像』会場内)
10時過ぎから本郷新記念札幌彫刻美術館で開かれているグループ展『 New Eyes2017 家族の肖像』を見た。この展示はSIAFとはたぶん関係ない。New Eyesは以前開かれていた「北の彫刻展」を継承し、「我々をとりまく世界を見つめる作家たちの新鮮な目を、今日的なテーマのもとに紹介」するシリーズ展示。今回は題の通り「家族」をテーマにした展覧会で、本郷新のほか北海道を拠点に活動する(した)6作家を紹介していた。
まず、会場の階段を昇ると広島平和記念公園にもある本郷新の代表作のひとつ「嵐の中の母子像」がデーンと目に入ってくる。左に進むと鈴木涼子の写真作品が左右の壁にあり、手前には唐牛幸史のオブジェやドローイングが、奥の壁には門馬よ宇子の平面作品があり、その裏の暗室では今村育子のインスタレーションを展示。そのまま左回りに進むと深澤孝史によるコンセプチュアルな作品があり、最後に佐竹真紀のいくつかのモニターを使った作品がある。
これらの作品のすべてから作家の新鮮な目とやらは別に感じなかったし、「家族」が特に今日的なテーマだとも思わなかった。だが門馬作品はかつてあった家制度をうまく象徴的に示しているなと感じさせたし、佐竹作品もシンプルながら見飽きなかった。
(深澤孝史「家族の客体」)
また、特に深澤作品はテーマの掘り下げ方と作品化の方法が他のアプローチと違って目立っていた。コンセプト文を要約するとだいたい次のようになるだろう。
この作品は民俗学的な視点で自分の家族の客体化を試みることが「家族の芸術」を制作する基礎的な態度となるという仮説の実践である。過去を踏まえた上での新たな家族の風習を考えることが「家族の芸術」に近いのではないか。その方法として、深澤自身と妻の民俗学的背景を結び付け「過去に育つこども」を生み出すこととした。具体的には、深澤の出身地の山梨県に多く見られ、幼いころから親しんだ丸石道祖神を砂糖など身近な素材で制作した。道祖神は柳田國男に始まる一国民俗学によって再発見されたものだが、もともと民俗学は植民地主義の一手段として生まれた(その後、文化相対主義的な反省から一国民俗学が生まれる)。砂糖は日本と台湾の近代化の象徴であり、製糖事業を台湾で主導したのは札幌農学校出身の新渡戸稲造であった(深澤は、柳田は新渡戸の直系ともいえると書いている)。現在妻の出身在住地である札幌に住む深澤は、私たちの生活を多層化させ、未来へ向かうこどもに全く逆に向かう何かを出会わせようとする。それを創造する態度が家族の芸術なのだ、と。
(深澤作品のモニター)
コンセプト文は持って回った表現が多く読みにくかったが、民俗学的な知見を取り入れて扱う以上注釈が多くなるのは仕方がないし、家族というテーマに対しての真摯な態度の結果なのだと思う。植民地主義や近代化などシリアスで大きな話題に触れつつ、結果できたのが大きな謎の球体という落差も面白い。新渡戸と柳田の関係、北海道や札幌と台湾の関係がいまいちよくわからなかった部分もあった。コンセプト文を見る限りまだテーマが未消化なまま今のところ分かったことを提示しているように感じたので、そうだとしたら引き続いて同テーマで作品化、プロジェクト化してほしいと思う。
その後、隣接する記念館へ。ここは元は本郷新のアトリエであった。銅像の石膏原型などがたくさんありいつ見ても圧巻だ。記念館は美術ファンなら誰でも見て損はない。
2.宮の森美術館
住宅街の中を抜け坂を下り宮の森美術館へ向かう。大きな結婚式場に隣接していて初めて行く人には入り口が分かりにくいと思う。建物の向かって左側にある白くて細長い建物がそれである。
ここでは石川直樹展が開かれている。芸術祭パスポートを提示しても300円かかる。石川は、北極やヒマラヤなどの極地から都市の路上に至るまで、世界各地を旅しながらその土地における出会いや驚きを写真によって記録し行動し続けてきたアーティストであり、2001年から断続的に北海道を訪れてきた。今展では知床、網走のほかサハリンまで足を延ばし撮影した写真の他、白老のアヨロと呼ばれる地区のフィールドワークを石川とともに行ってきたアヨロラボラトリーというグループの展示も併せて行う。
私は石川直樹の本格的な展示をみたのはこれが初めてだ。点数は多くないが写真自体は雰囲気があると思った。内容としては旅先で目にした珍しいものや、その地域の暮らしを切り取ったらしきものが撮影されている。これらは確かにうまい写真や珍しい写真に違いないが、展覧会で配布していたハンドアウトにもある通り「旅しながらその土地における出会いや驚きを写真によって記録し」てきたという意味では、ただの旅行好きと何ら変わりはない。ただそこにある行動が加わっていることを私は初めて知った。
その行動というのは石川が知床などで行っている写真のワークショップや、写真を通し地元を知っていこうとする活動のことだ。会場でもいくつかの記録冊子が閲覧できる。
これらワークショップは、ある種の画一化された観光地のイメージを地元から覆していこうという意図もあるのだろう(それが写真によって可能なのか?という疑問もあるがおいておく)。ハンドアウトには「北へ向かう旅、北から見つめ返す旅」と大きく書かれているのだが、すると「見つめ返す」のは地元の人々となり石川はどこまで行っても見る側の旅行者となるのではないだろうか。逆に言えば石川のような他所者ができることがワークショップなのだろう。
改めていうまでもなく、現代の写真を芸術の範疇で評価しようとするならば、構図だとか色だとかだけでその良し悪しが決められるものではないはずで、新しい視点や写真の再定義などが求められてくる。先にも書いた通り石川の写真はただの観光客の写真と意味は同じである。もしそこに価値を見出すのであれば、今回の展示に関して言えば石川がその写真技術を活かして行っているであろうワークショップなどの行動との兼ね合いで見るほかない。そうなるとむしろ私としては活動家としての側面が強く見えてくるのである。その意味で芸術ってなんだ?とかアーティストってなんだ?、石川って写真家なのか?それは芸術なのか?などと、もう一度考えてみるのもいいかもしれない。
3.円山動物園
10分ほど歩くと円山動物園の西門に出た。芸術祭パスポート提示で入園料が200円になり、会期中は何度でも入れる。SIAFの会場はちょうど西門近くの、元はクルーズアトラクションの施設だった建物だ。クワクボリョウタの作品が設置されている。
SIAFのパンフレットには「旅をテーマにした新作」とあるが、いい意味でどのようにも受け取ることができる作品になっていると思う。模型の中を光源となるおもちゃの列車が移動し、影が変化していく様はシンプルだが大人から子供まで楽しめ、夏休み中の動物園にはぴったりの作品だと思った。部屋が暗いので怖がっている子供もいたが。
ついでに十年ぶりくらいに円山動物園を見た。家族連れで混んでいた。ヒグマやエゾシカ、オオカミが人気のようだった。動物たちが暑さでぐったりしているように見えたのは、私自身が暑さにぐったりしていたからかもしれない。
(カワウソ。すばしこいので見てて飽きないが、写真を撮ると必ずブレる)
(人気のヒグマ)
(サーバルキャット)
アフリカゾーンのキリン館の中には献花台があった。ここにいたユウマというオスのマサイキリンはつい先日亡くなった。中学生くらいのころだったか、あまり動かないのをいいことにユウマをスケッチした思い出がある。黙って手を合わせてきた。
園内の科学館ホールでは「北海道の外来生物展」が開かれており、興味深かった。外来種に関する様々なパネル展示のみならず、実際の外来種の展示や鳴き声を聴けるヘッドホンまで用意しており、熱意がうかがえる。様々な形での動植物の移入について知ると、外来生物がいかに身近な存在であるかを感じる。このような企画がまた開催され、将来参照できる形で記録を残してもらえるといいなと思う。
そのまま円山を下山。一度西18丁目駅で降りて三岸幸太郎美術館へ行くが、SIAFの特別展示はまだだということでパスし、知事公館を少し見た後で札幌市資料館へ。
4.札幌市資料館へ
札幌市資料館はもともと札幌控訴院という裁判所であった。いまは貸しギャラリーや札幌出身の漫画家・イラストレーターのおおば比呂司記念室として使われている。前回のSIAF2014以降、SIAFラウンジというカフェスペースもできた。ここは部屋が多いので展示も多い。
一階には「NMAライブ・ビデオアーカイブ」があり、SIAF2017のアドバイザーでもある沼山良明さんが主宰している世界の先鋭的な音楽を紹介する団体NMAの活動を知ることができる。私は現代音楽は門外漢でありこのような活動があることも知らずその意義も正確にはわからないのだが、少なくとも札幌出身者として活動記録が冊子や映像としてまとめられ残されたことをうれしく思う。私に身近な例でいえば、ここ数年で北海道の美術史上重要であろうと思われる作家がバタバタ死んでいるので、アーカイブの重要性をひしひしと感じていた。
二階にもこれに近いプロジェクトとして「アート&リサーチセンター」がある。こちらはまだ何らかのまとまった展示物が見られるわけではなく、シンポジウムの開催のほか、北海道のアートにまつわる情報をいくつかの視点からまとめ直しているそうだ。館長の小田井さんと少しお話しした。今後の継続した活動と成果の発表が期待される。実はSIAFではリサーチとアーカイブを中心としたワークショップを2015年度に行っており、それには私も参加している。立派なサイトも作られているので、もう少し広報して欲しいものだが。
二階には他にボランティアセンターや、会期中に情報を発信していくフリーペーパーである「サカナ通信」の編集局・放送局がある。
(坑内図の全体と細部)
二階の三部屋では「北海道の三至宝」を展示。この日まで旧住友赤平炭鉱の坑内図を展示していた。とにかくでかく、緻密だ。これがトップシークレットの「黒いダイヤ」を掘り出す宝の山の地図だったわけだ。
「北海道の木彫り熊~山里稔コレクションを中心に」では、あらゆる作家による様々な木彫り熊を展示。山里稔さんの著書「北海道 木彫り熊の考察」はただの土産品として顧みられることの少なかった木彫り熊の多彩な姿が多くの図版から分かるだけでなく素材や作家の推定などいくつかの要素で簡単な分類を行っていて、この展示を見て感銘を受けた人にはおすすめの本。近年は八雲町に木彫り熊の資料館(八雲町 - 八雲町木彫り熊資料館)ができるなど何かと話題にのぼることが多かったが、ある作品群がひとつのジャンルとして認められるには当然ながら代表的な作家と時代に沿った様式の変遷などの整理分類が必要なのだなと感じる。
「地球の声を聞いた男・三松正夫の昭和新山火山画」では、ミマツダイアグラムで有名な三松正夫の絵画を展示。日本画の心得があったというだけあって、達者な筆遣いが見て取れる。
札幌市資料館では「北海道の三至宝」企画の札幌市立大の上遠野先生と久しぶりにお会いしたりして、つい長居してしまった。
5.CAI02
急いで地下鉄で大通駅へ向かい、CAI02へ行くも、この日は閉館がはやく20分くらいしか見られなかった。さっぽろ雪まつりでも展示したという「札幌ループライン」と、さわひらきの映像作品やインタビューの展示だった。
札幌ループラインは円山動物園のクワクボさんの作品と仕組みとしては同じだが、しっかりとした模型による影の見ごたえがある分、実物が影になった時の意外性がなく、面白みが減るなと感じた。
6.すすきの会場
そのまま地下をあるいてすすきの方面へ。北専プラザ佐野ビルを探す。地下の出口にあった地図がほとんど「ウォーリーを探せ」状態のような分かりにくさで、これ意味あるの?と思ってしまった。大きな案内看板があったので最寄りの出口はすぐにわかったのだが。
(「SIAF2017会場」と二か所にシールが貼ってある)
(佐野ビル入り口)
佐野ビルは地下1階と5階で展示。5階から見る。受付のおばさんの対応が丁寧で親切だった。内装はホストクラブのよう。
(「コタンベツの丘」)
(「液体は熱エネルギーにより気体となり、冷えて液体に戻る。そうあるべきだ」)
端聡の「Intention and substance」は、ドローイングの展示から始まり、開拓使判官の島義勇が円山から札幌の街を眺め都市計画をしたことをイメージした平面作品「コタンベツの丘」、「液体は熱エネルギーにより気体となり、冷えて液体に戻る。そうあるべきだ」は、ハロゲンランプを用いて水を変化させながら循環させ、水を象徴的に扱いつつ過度の電力消費を表す。「意図した物質とエネルギーの変化」では空気中の水を液体にし、装置から出る熱で油脂を溶かす。様々な社会問題、環境問題を象徴的に表現しようとしていて装置としてはかっこいいのだが、例えば循環を作品だけから見て取るのは難しく、あまりに象徴的すぎて伝わりにくいなと思った。
地下はもとキャバクラか何かだったところをそのまま使って「DOMMUNE SAPPORO」として作品や映像を展示。
山川冬樹さんが山口小夜子に扮した映像作品「その人の見た未来は僕らの現在」は大変いい作品なのだが、撮影の際つかったお面と衣装がここに置かれるといかがわしいお店のキッチュな飾りのように見えるような気がして少し残念。
(坂会館別館の様子)
(てっちゃんサテライトの様子)
(細部)
他の三部屋は「札幌の三至宝」の展示。「レトロスペース坂会館別館」は坂館長に会えるので興味のある人は会いに行ったらいいが、本館の迫力にはとうていかなわない。「大漁居酒屋てっちゃんサテライト」も写真自体は悪くないのだが、パネルにして展示してしまうと本物にはまず及ばない。店主てっちゃんの描いた絵も写真パネルの上に飾ってしまって霞んでいるように思う。
「北海道秘宝館『春子』」では北海道秘宝館の記録映像などが見られておもしろいが、特になにか現物があるわけでもないので、展示としてけっこう辛いものがある。
また地下は通路が狭いのだが、SIAFスタッフが入り口でなにやら話し込んでいて入りにくく、案内も不親切だった。
佐野ビルではAGS6・3ビル会場への地図を配布しているから、ここからは迷わず行ける。それはいいとして、わざわざ地図を配るくらいならなぜ事前にパンフレットに印刷しておかないのだろうか。
ここでは堀尾寛太の作品「補間」が展開されている。取り壊される予定のビルに様々な仕掛けを施している。立体的にいくつもの壁や部屋をまたいでワイヤーが張られ、それらが数分置きに連動して動くので、全体の関係を把握するには作品内を何度も行き来して観察しなければならず、私は割と長い時間楽しんだ。空間全体の様子は文字でも写真でも説明できるようなものではなく複雑だ。
タイプとしては梅田哲也さんの作品に似ているが、堀尾さんの方はもっと技術的な力技で建物に不可逆的な介入をしていくといった感が強い。音に関してもベルが急に鳴ったり、シャッターが大きな音を立てたりと、パワー系だ。視覚的にも短い間隔でいくつかの色のライトが点滅する部屋や、フラッシュが焚かれ続けている部屋などがあり暴力的である。梅田作品がごく自然に感覚させようと仕向けるのに対し、堀尾作品ではもっと強制的に感覚させようとしている印象を受ける。
閉館の20時近くまで展示を見た。すぐ帰宅。翌日に備え寝る。