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「草間彌生 わが永遠の魂」2017年2月22日~5月22日 国立新美術館(東京都六本木)

 国立新美術館で「草間弥生 わが永遠の魂」を見た。草間作品をまとめて見たのは初めて。

 
 

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(チケット)
 
 展示構成は次のようになっている。
 最初にまず近作の富士山の絵がある。私はこの絵はあまりいいと思えなかったので期待せず次に行くと、奥行きのある大きな部屋に出る。最新作の連作「我が永遠の魂」がズラッと並び、部屋の中央には巨大な花のオブジェがあって圧倒される。この部屋は携帯でのみ写真撮影可。順路はこの部屋を囲むように続いていて、渡米前の日本画から、「無限の網」シリーズ、ペニスを模したソフトスカルプチュアのシリーズはもちろん、カボチャの絵やあまり見ない映像作品やコラージュ作品、ドローイングも時系列順に揃っていて草間の全貌がつかめる。
 おそらくそれぞれの時期の代表作が集まっているのだろう。点数以上に充実している感じがした。
 また今回は美術展で初めて音声ガイドを借りて聴いてみた。草間本人のインタビューや詩の朗読、歌声(!)も入っていて面白かった。草間ファンにはおすすめしたい。
 
 

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(展示室内の様子)

 
 作品の変化を追っていくと、ミニマルアートや、ウォーホールも用いたような集積と反復、ソフトスカルプチュア、ハプニング、ジェンダー的なテーマなど、その時々の時代のテーマを時に先んじて扱い、しかも大喜利的に反応するだけではなく自分のものにして取り込んでしまっているように見えた。草間最大のテーマである強迫観念にしても、前世紀から今世紀の大きなテーマのひとつのようにも思える。
 これが努力によるものなのか運なのか勘の鋭さなのかはわからないが(たぶん全部だと思う)、ともかくそういった意味での草間弥生の凄さは感じられた。
 
 
 一番最初の富士山の作品(「生命は限りもなく、宇宙に燃え上がって行く時」)や、連作「我が永遠の魂」などは、よくイメージされるアウトサイダーアート的なものに似て見え、あまり私の好みではない。もちろん草間は京都市立美術工芸学校(現在の京都市立銅駝美術工芸高等学校)で日本画を学んでおり、美術教育を受けていないという意味でのアウトサイダーアーティストではない。
 しかし他の「無限の網」にしても、数々のドローイングにしてもコラージュにしても、非常にモノとして魅力的だと感じ驚いた。私は草間弥生がこんなに絵のうまい人だと知らなかった。渡米前から瀧口修造らに評価されていたというのもわかるし、草間の底力をみる思いがした。
 
 

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(「木に登った水玉2017」2017年 サイズ可変 ミクストメディア)
 
 草間弥生といえば「水玉」であり、反復と埋没である。それは草間自身の幻覚や強迫観念からきたものであることは有名だ。
 水玉や反復それ自体は草間の発明したものではないが、もはや代名詞となりつつあると言えると思う。作家が自身の世界観や宇宙観を表現し発表していくにあたって、代表的なモチーフが知られ親しまれることは大きな喜びだろう。そして草間の場合は本人のキャラというか雰囲気に加え、水玉がポップでキャッチーに見えるから、なおさら印象に残るし人気が出る。
 展覧会入り口の横には長い行列があってビビる。これは入場制限ではなくてショップのレジ待ちの行列だ。たくさんグッズを買い込む人を見ると、作品や草間弥生自身が消費、消耗されてしまうようにも見える。
 しかし私が思うに来場者と草間の関係はそうではない。草間が水玉の中へと埋没し「自己消滅」するように、買い物をした来場者もたぶんそのグッズで水玉の中へ埋没してしまうのではないだろうか。そんな狙いもあるのではないか。
 なぜ写真撮影は携帯のみ可なのだろう?たぶんそれは草間作品を待ち受け画像にすることで携帯を埋没させるためである。美術館の周りの木に巻かれた水玉だって、来場者ごと、美術館ごと、水玉に埋没させるためのものだろう。
 
 

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(「オブリタレーションルーム」2002年~現在 サイズ可変 家具、白色ペイント、水玉ステッカー)


 レジ待ちの列に30分並んだあと、ヘトヘトになりながらも、「オブリタレーションルーム」(部屋や家具に水玉シールを貼ることのできる参加型コーナー)に行ってみた。開幕から10日あまりなのに、もはや貼られすぎて水玉じゃなくなりつつある部屋を見ていると、来場者と作家の何とも言えない絶妙な力関係を見ているように感じた。

 

(完)