「チャリティ展 夕張市美術館コレクション〜炭都・夕張の美術遺産」2016年10月8日(土)〜10月30日(日) プラニスホール(札幌市)

f:id:kotatusima:20161013221001j:plain

 

 
 1979年に開館した夕張市立美術館は、 道内では網走に次いで二番目の市立美術館だ。
 
 私が小学生だった頃、夕張に家族で遊びに行き、一度中をちらっと覗いたことがある。その時は確か白黒の写真や佐藤忠良の彫刻があった。古めかしい建物だった。
 
 2012年、美術館は積雪によって屋根が崩落してしまう。このニュースに私は大変驚いた。  
 2006年の財政破綻の影響によって再建は叶わず、美術館は翌年廃止された。幸い所蔵品は無事で、現在も大切に保存されている。
 本展は、財政破綻から10年経ち、文化複合施設の整備など地域再生に向けた取り組みを始めた夕張の再生の一助となるべく開かれた。
 
 
 
 作品は油彩が多い。全体は3章に分かれ、夕張で生まれ育ち活動した作家や美術館に招かれたり夕張で制作を行ったりした作家の作品が見られる。
 
 第1章 「地底から港へー石炭がたどった道」では、作品を通して石炭の採掘から運搬までの過程を追う。
 
 ここで一番最初に展示されているのが2014年に夕張で採集された石炭なのだが、これについているキャプションが他の作品のものを模していて面白い。作品名には「石炭」、作者は「地球」、素材には「隠花植物」とある。この展覧会において「石炭」以上に重要な作品はないかもしれない。
 「黒ダイヤ」「産業のパン」とも呼ばれた石炭は過去のエネルギーのように思われがちだが、実はこの30年、日本での使用量は右肩上がりであり、いまも発電や製鋼などで我々の生活を支えているという。
 
 この章では木下勘二の「入坑する人」が印象深い。坑内にエレベーターで入坑する坑夫たちをややカラフルに曲線を用いてデフォルメして描いている。ふとレジェの作品の建築現場を描いたものを思い出した。
 
 ここで紹介されている倉持吉之助(1901-1996)、木下勘二(1917-1989)、畠山哲雄(1926-1999)、大黒孝儀(1907-1994)や、次の章で紹介されている小林政雄(1917-2010)は、いずれも炭鉱で働きながら夕張を描いたり学校で後進の育成に努めたりしつつ、道展や一水会などに出品していた作家たちだ。
 
 
 
 
 第2章は、「炭鉱(ヤマ)とともにー「炭鉱作家」と、作品の中の夕張」とし、夕張の風景や人々が描かれた作品を紹介している。
 
 ここでは上記の作家たちを炭鉱作家と呼んでいる。私にはこの「炭鉱作家」という言葉はあまり聞き慣れない。これについて少し考えてみる。
 
  例えば神田日勝は農民画家と言われる(本人は農民画家という呼称を嫌い「農民である」「画家である」としていたが)し、木田金次郎はのちに画業に専念したものの、かの有名な「生まれ出づる悩み」のイメージからいけば、漁民画家とも言えそうだ(もっとも、これらはレッテル貼りの一種であり作家本来の姿を見失う恐れがある)。
 
 農民画家、漁民画家と、炭鉱作家(炭鉱画家もそこには含まれよう)は何が違うのか、といえば、それはまず第一次産業第二次産業の違いが挙げられる。
 
  これは私の偏見が多分に入った見方だと思うけれど、第一次産業の方が、より自然に寄り添った、エコな、純朴な、「試される大地」的なイメージに合致するのではないかと思う。
  一方では第二次産業の方が自然を汚すとか、無機質な、非人間的なイメージが強い。
 これらにはもちろん例外がたくさんある。現状とは必ずしも合致しない。ただ、そういうイメージはある程度には一般的ではなかろうか。
 
  
 今度は逆に農民画家、漁民画家と、炭鉱作家は何が同じかを考えてみる。
 彼らは例えば画家であれば、身の回りの動物や風景や建物を描く。彼らの作品を鑑賞した時には、(優れた作品であれば)美的な感動が呼び起こされるだろう。しかしそれだけではなく、時にはモチーフとなった彼らの生業や土地土地の風土、歴史も重層的に見えてくるはずだ。
 
 極端なことをいえば、第一次産業であれ第二次産業であれ(もちろん第三次産業であれ)、人の営みがあればそこには歴史が生まれ、文化が生まれるのが必然である。作品は作家を通して出てくるものなのだから、作家の日々の営みが作品に影響するのは不思議なことでもなんでもない。その中でも特に生業の色濃く出ているのが、農民画家や炭鉱作家とは言えまいか。
 
  彼らの生業がもし文化や歴史として見えてくるのであれば、そこには一定の蓄積が必要だろう。年月を重ねることなしには文化や歴史はそれらとして見えてこないはずだ。
 
 炭鉱作家という言い方が最近されるようになったものなのか私にはわからない。ただなんとなく感じるのは、炭鉱が歴史や文化として見られるようになってきた(それだけの年月を重ねた)からこそこの言葉が出てきたのではないかということだ。もちろん、先述の通り石炭は今日でも我々の生活を支えるものだが、炭鉱に対しては認識の上ではやはり過去のものとなりつつあると思う。過去のものとなることはいい側面ばかりではないけれど、時が経ち、距離感を持って炭鉱という文化を見ることができるようになってきたのかもしれない。
 
 また、第一次産業第二次産業の別が年月を経てフラットに見られるようになったという風にも考えられるかもしれない。
 
 私が先日訪れた郷土資料館の方も仰っていたが、歴史の風化はあっという間だ。炭鉱作家の作品は美的な感動のみではなく、文化的な視点からも興味深い。だからこそ多くの人に見てもらいたいと感じる。
 
 
 第2章では特に小林政雄による「夕張風景抄絵巻」が印象深い。水彩による絵手紙風な絵巻だ。ちょうど開かれていたのは錦沢という場所にあった遊園地の絵で、「ここは炭鉱のまちのオアシスです」と書かれていた。
 今の錦沢の遊園地跡地には到達することも難しいという。
 
 第3章では夕張ゆかりの様々な作家を紹介していた。漫画家の森熊猛は私の出身高校の先輩にあたるが、夕張出身とは知らなかった。この章では一見夕張に関係なさそうな作品もある。岡部昌生さんの作品などは特に見応えがあった。
 
 この展示に文句をつけるとすれば、壁をキレイにしてほしいということだ。特に第3章で、穴があいて壁紙の剥がれたところがあって汚かった。
 
 もう1つ、できれば今からでもいいから図録を制作してほしい。解説文が炭鉱についてわかりやすく説明していてすごく良い上、資料的価値も高いと思うからだ。チャリティー展なら物販を充実させるのはむしろ普通の流れだと思う。絵葉書ももしあれば買っていただろう。
 
 あとこれもできれば、作品目録を配布してもらえるとうれしい。
 
 
 
 (終わり)