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豊島で考えたこと① 豊島の景色がなぜ信じられなかったか

日記

  

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 今とっている授業の関係で瀬戸内海の豊島に行って来ました。直島とならぶ言わずと知れた現代アートの聖地ですが、豊島石や社会福祉事業、かつての産業廃棄物問題など、知れば知るほど奥が深い島です(知れば知るほど奥が深くない土地なんてどこにもないんだけどね)。もっと勉強せねばという感じです。

 それで思ったことを以下に書きます。豊島の景色についてです。

 

 

 

 僕は札幌生まれ札幌育ちで北海道内こそあちこちに行っているけれど、京都以西に沖縄以外で行ったのは初めてだった。海とのかかわりは薄く、水と言えば札幌の名の由来ともなった豊平川が思い浮かぶ。 

 今でも海を見るとテンションがあがる。船に乗ったのも今まで両手で数えるくらいしかない。

 豊島は初めてのことだらけだった。特に景色には自分でも異様だと思えるほどに反応してしまった。

  

 豊島の景色は僕にとって信じがたいものだった。それが眼の前にあることに現実味がなかった。それは今までの僕が見てきたどの景色とも違ったからだ。

 

 豊島で壇山から見た景色は、島の輪郭の海を隔てた向こうに瀬戸内海の島々が水墨画に描かれたような濃淡で遠ざかっていて、絵のような景色だと思えた。空気遠近法と上下遠近法で描かれた絵のように見えた。雪舟天橋立図が浮かんだ。

 

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 僕は北海道の土地の広さや空の広さを知っていても、その形を見たことはない。もちろん海岸線を車で走ったことはあるし海で遊んだこともある。でも海岸線はあくまで直線か曲線で、何の形も作ってはいなかった。北海道は島だと知っていてもそれを実感できることはなかった。例外的に北海道の輪郭の断片が見える場所はいくつかあろう。でもそれらを統合するのは難しい。

 豊島では島のどこに居ても海が見え、高いところに登れば海岸線が島の輪郭の断片になっているというのが見て分かる。つまり、豊島は海に浮かぶ島なのだ、というごく当たり前のことが自分の目で分かる。そこまでいうと言い過ぎかもしれないけれど、少なくとも北海道よりは自分のいる土地の形を把握できる。そのことが僕にはなかった経験だった。

 だから壇山からのパノラマを見て自分が今まさに瀬戸内海の豊島にいると感じた時、その風景は絵のようなものにしか見えなかった。それほどに僕の世界観にない景色だった。

 こういうところで育った人と僕とは、世界の把握の仕方も違ったものになるかもしれない。

 

(終)